第16章 指輪
ふと、アキ姉の声が聞きたくなった。
時計を見る。
22:30…まだ起きてるだろう。
もしかしたら、友達と飯でも食いに
行ってるかもしんねーけど…
電話をならしてみると、
思いの外、早くつながった。
『もしもし。』
『繋心…私も電話しようかな、って
思ってたとこだった。』
『そっか…どうだ?久しぶりの…』
久しぶりの、
『旦那との再会は?』
と聞こうと思ったけど、
なんとなく、口に出来なかった。
無難な言葉で会話を濁す。
『…久しぶりの、東京は。』
『うん…賑やかだね、やっぱり。』
『…元気ねーな?』
『今、ホテルの部屋で一人飲み中。』
『せっかくの東京の夜だろ?
外で遊んでくればいいじゃねーか。』
『さっきまで、元旦那に会ってた。』
…こっちからは聞けない話だ。
切り出してくれて、よかった。
『そっか。変わってなかったか?』
『…あのね、再婚するんだって。
婚活パーティーで出会った人と。』
…どんな返事をしたらいいんだろう。
『…複雑?』
『…ううん、薄情かもしれないけど…
ホッとした。幸せになってほしいと思う。
それに…
私もこれで、やっと絶ちきれるな、って。』
…あぁ。
わかる。わかるよ。
山口が店に彼女を連れて来た日、
俺も全く同じ気持ちだった。
寂しくないわけじゃない。
でもその一方で、
幸せになってほしい、と心から思う気持ち。
そして、
自分も次に向かって進もう、と思う気持ち。
よくわかる。
アキ姉のこの気持ちを共有するために
俺もあの経験をしたんじゃないか、
と思うくらい、よくわかる。
俺のあの傷が、
アキ姉の傷を癒すための役に立つなら、
俺は、自分の傷を喜んで受け入れる。
『アキ姉、』
『ん?』
『俺んとこに…帰ってこいよ。』
『…うん。』
『待ってるから、な。』
…少し雑談をして、電話を切った。
いつも俺の帰りを待っててくれるアキ姉を
今度はここで、俺が待つ。
帰る場所があることの幸せを、
分かち合うために。