第16章 指輪
ケーキを持って、
のれんの奥からおばちゃんが出てくる。
…その後ろから、おじちゃんも。
『おや、珍しい注文だと思ったら、
坂ノ下の兄ちゃんかい!』
『確認しとくれ。』
真っ赤な苺の上にチョコプレートが2枚。
それに堂々と、アキ姉の注文通り、
"ごめんなさい""もう、しません"
と、書いてある。
『間違いないっす…』
おじちゃんが、
ニコニコしながら話しかけてきた。
『何があったかしんねーけど、
俺のケーキが役にたったら嬉しいねぇ。
大丈夫さ、そのうち笑い話になるから、
今日は全力で謝んな!』
…そのうち、笑い話になる、か。
そうなると、いいけど。
『3500円ね。』
え?
青ざめる。
ポケットには、アキ姉が置いていった
3482円。…微妙に、足りねぇ…
し、シマダマート、まだ開いてっか?!
『…おばちゃん、10分、待って!
小銭、借りてくる!』
慌てる俺を見て、ケーキ屋の夫婦は
顔を見合わせて笑った。
『お代は明日でいいから、
早くケーキ持って帰んな!
ちゃんと謝って許してもらうんだよ。』
『でも…』
『いいって。
明日持ってこなかったら、こっちから
坂ノ下商店に集金に行くさ(笑)』
…甘えよう。この恩は、必ず、返す。
『ありがとな!
明日必ず、払いに来るから!』
『気ぃつけて帰んなよ。
慌てて、転んだり振り回したり
すんじゃねーぞ!』
ケーキの箱を大事に抱えて店をでる。
もはや、俺一人の謝罪ではなくなった。
このケーキを作ったおじちゃんと
お代を待ってくれてるおばちゃんの
期待も背負ってる(?!)。
明日、いい報告をせねば。
バス停のベンチに大事にケーキの箱を置いて
スマホを取り出した。
『はーい。』
『アキ姉!ケーキ、買ったぞ。今、どこだ?』
『迎えに来てくれるの?』
『すぐ行く。どこにいんだよ?』
アハハ、と笑う声。
『烏養家。』
『え?』
『繋心の実家。』
『…いつから?』
『離れを出て直行。』
『…普通、自分の実家に帰らねーか?』
『だってそれじゃ、
繋心、すぐ探しに来ちゃうでしょ?』
その通り、だけれども。
『ま、いいや。そこにいろよ!』
…俺はまた、あの歩き慣れた道を歩く。
一人で、ケーキを抱えて。
この気持ちを忘れないようにと思いながら。