第16章 指輪
『じゃ、真面目に答えるよ。
…すっごく、感謝してる。』
さっきまでのはしゃいだ顔とは違う
穏やかな表情で空を見上げる横顔が、
なんだか知らない女に見えた。
『こっち帰って来たけど、
一人暮らしするほどには
心も生活も立ち直ってなくて…
実家にいても、
親に気を使わせてるの、わかるし。
結局、地元にも居場所、ないなぁ、
…って、思ってた。
そしたら、繋心との同居でしょ。
いらないこと何も聞かないでいてくれるし、
毎日、やることありすぎて考え込む暇もないし、
遠慮なく文句言えるし。
こんな傷物なのに、
つきあおうって言ってくれるし、
使えない体、抱いてくれるし。
繋心がいてくれなかったら、
きっとまだ、ずっとひきずってた。』
言葉の端々に、まだ、傷が痛んでる。
それを、
俺だけに晒してくれているのがわかる。
今は“心のリハビリ”
…みたいな時間なのかもしれない。
俺も、同じだ。
もう、
女と関わるのは、遊びだけにしようと思ってた。
真面目に誰かと生きていこうとかって、
向いてないんだと思ってた。
でも、俺を求めてくれる人がいた。
夢とか希望とか未来とか情熱じゃなくて、
"普通の毎日"が欲しい、と
お互いに思える人。
『…な、アキ姉、』
結婚、したいか?
…そう聞こうと思ったちょうどその時、
一発目の花火があがった。
空気を震わすドーンという音が、
そこにいるすべての人の心を揺らす。
歓声と、拍手。
知らない者同士が並んで、
同じ空を見上げ、
それぞれの笑顔で手を叩く。
一人一人の心の中には、
それぞれ悩みや不安があるはずだ。
でも、今はそれを忘れて
みんな、空を見上げてる。
きっと、帰り道は、
少し気分が軽くなってる。
空を見上げるアキ姉の横顔を
花火の光が、色を変えながら照らしてる。
泣いたことも、
傷ついたことも、
傷つけたことも、
失ったことも、
全部、いつか、過去になる。
その時、からっぽにならないように。
ずっと、一緒にいよう。
咲いては消えていく空の花を見ながら、
これまでの恋を思い出して、
そして、もう、
恋は終わりでいい、と思う。
俺の最後の恋は、
今、となりにある、この安らぎ。
もしかしたらこの気持ちが
いつか男の決意ってやつに
なんのだろうか?
まだ、よく、わかんねぇ。