第16章 指輪
先に動いたのはアキ姉だった。
抱き締めていた両腕をほどいて
俺の手から、そっとビールの缶を取り、
靴箱の上に置く。
あいた両手を握り、
穏やかな笑顔でサラリと言った。
『何があったか知らないけど…
ここまで帰ってくれば、もう大丈夫。
私がいるからね。あがろ。』
なんだ?
懐かしい、この感じ…
…ふと、アキ姉の姿が、
小学生の頃の姿にダブって見えた。
…俺が小学校に上がった頃の記憶。
うちは店をしていたから
家に帰っても誰もいないことが多くて、
いつも、アキ姉の家に寄っていた。
転んで帰っても、
腹ペコで帰っても、
ケンカして帰っても、
いつも、アキ姉が
『ここまで帰ってくれば大丈夫!』と
俺を世話してくれてたっけ。
今の今まで、全く忘れていた記憶。
その瞬間、わかった。
俺がもし結婚するとしたら、
それは"帰る場所"が欲しいからだ。
外で何があっても、
そこに帰れば絶対、ホッと出来る場所。
誰かが『おかえり』といってくれる場所。
心の中のバラバラだったパーツが
キレイに1つに繋がっていく。
今までずっと
"自由でいたい"と思っていたけど、
たった1つ…いや、一人だけ、
俺を繋ぎ止めてほしい人がいた。
…こんなに、すぐ、近くに。
俺、アキ姉のいる家に帰りたい。
なぜだか、鼻の奥が、ツンとする。
奥歯を噛み締めてないと
涙が出そうだ。
…俺、アキ姉にあげられるもの、
なんももってねぇ。
だけど、手放したくねぇな。
ほかに、なんも、いらね。
これが、俺の、最後の恋でいい。
…どうやったら、
うまく伝えられる?…