第13章 嫁ぎの紅(べに)
急に二人になると
なんだか、照れる。
『ね。おとーさんがいたら、
やっぱり"娘は嫁にやらん!"とかって
言ったかな?』
『おとーさんはね、
アキが産まれた時から、
この日を楽しみにしてたのよ。
どんな彼を連れてくるかな、
彼と一緒にお酒、飲みたいな、って。』
『そうなんだ…』
『お父さんと私が出会って結婚して、
アキが産まれて、
…そしてお父さんが亡くなるまで、
6年しかなかったのよね。
でも、その6年は、毎日毎日がとっても幸せで…』
おかーさん。
そんな話、初めて聞くよ?
『うぬぼれるわけじゃないけど、
多分、お父さんも同じ気持ちだったはず。
だから、
愛する人と過ごす時間の幸せを
娘にも感じてもらいたかったのね、きっと。
亡くなる直前まで
"アキのことを大事にしてくれる彼を
見つけてやってくれ"っていってたわ。
まだ、あんた、2歳だったのに…
でも、翔ちゃんなら、
お父さんも納得してくれる。』
…おかーさんが、私の下唇に紅を塗る。
『アキ、おめでとう。幸せになるのよ。
あなたは、
お父さんとお母さんの自信作だから。
翔ちゃんに負けないくらい輝いてる。
…うん、本当に、キレイよ…』
こんなにおだやかで
優しい顔のおかーさんを
初めて見た気がする。
おとーさんが生きてた頃のおかーさんは
毎日、こんな穏やかで幸せな顔をして
微笑んでいたのかもしれないな。
私を育てるために、
どんな覚悟を、
どんな苦労を、
してきてくれたんだろう。
おかーさんを鬼にしてたのは私で、
おかーさんを逞しくしたのも私で…
私からも、伝えなくちゃ。
『おかーさん、1つだけ、お願いがある。』
『なぁに?』
『生まれ変わっても、おとーさんと結婚して。
そしてまた、私を
おとーさんとおかーさんの子供にして。』
…紅筆をカタンと鏡の前に置き、
おかーさんはクルリと後ろを向いた。
『頼まれなくたってそうするわ。
おとーさんとアキに出会えるまで、
何回だって生まれ変わるから…』
見えないけど。
おかーさんが目に涙を浮かべてるのが
私にはわかる。
あたしは、
おかーさんの娘、だから。