第8章 小さな小さな披露宴
病院に行けば
患者さんはたくさんいて、
毎日の仕事は山のようにある。
日々の暮らしに追われて
どのくらいたっただろうか。
季節が春から夏に変わったのを
実感したある日、
たまたま、飲み会の帰りに乗ったバスが
条善寺坂を通る線だった。
『酔いざましに、少し歩くか…』
自分にそう言い訳して、
途中でバスを降りる。
あの店は、閉じたのだろうか。
それとも、
彼女がひとりでやっているのか?
店の前にさしかかると、灯りがついている。
“あぁ、店は守ったんだな。よかった。“
そう思ったところに、
カラカラと引き戸が開いた。
『あら、松川先生?!』
『…こんばんわ…』
『その節は、本当にお世話になりました。
あの、もしよければ、
ちょっと寄っていかれません?
あの時送っていただいたお礼に、一杯だけでも。』
『でも、お客さんが…』
『ちょうど今、閉めようと思って
暖簾を下げに出て来てところなんですよ。』