第8章 小さな小さな披露宴
酔いついでに、ビールを一杯、
ごちそうになることにした。
カウンターに座る。
店にはもう、お客さんもいなくて…
何を話していいかわからない。
共通の話題といえばご主人のことだけど
その話を、今、するべきか?
彼女個人のことをきくのは
失礼じゃないだろうか?
…俺の心をよんだように
彼女のほうから
ポツリポツリと話してくれた。
二人は、料亭の板前と仲居だったこと。
年齢差が16もあることで
彼女の両親が結婚を許してくれず、
駆け落ちのようにこの町にやってきたこと。
二人で必死に働いてお金をため、
この店を開いてすぐに、
ご主人が倒れたこと。
『そこから先は、松川先生がご存じの通りです。』
『…そんな、ドラマみたいな話、あるんですね。』
『ホントにね。
私もまさか、自分がこんな立場になるなんて、
思ってもみませんでしたもの。』
『お店、続けて下さいよ。』
『ええ、私達、子供がいないので…
主人が唯一残してくれたこのお店を
私が大事にしていくつもりです。』
『お店の名前は、誰が?』
『…私が。でも結局、最後は
言ってあげられませんでした…』
店の名前は
“おかえり“。
ここは、故郷を捨てた二人が、唯一、
帰れる場所、だったんだな。