第24章 ~恋ネコ④~ ゆったりプロポーズ
それは、
プロジェクトも佳境に入った頃だった。
明日が締め切りの資料づくりの仕上げ。
もはや今夜は徹夜か、の覚悟で
会議室に一人、紙に埋もれて
終わらない作業と向かい合っていた時、
カチャ、とドアが開いて、
伸行が…その頃はまだ、海さん、って
呼んでたなぁ、懐かしい…顔を出した。
『あー、やっぱり。』
『海さん…なに?』
『明日の資料、確認してたら
これだけまだ揃ってなかったから
気になって探してた。』
『朝までには必ず仕上げるので。』
『一人でやるのは、ダメでしょ。』
『なんで?』
『焦って一人でやると、
必ずミスするか雑になるよ。』
『じゃ、』
『もちろん。そのつもりで来た。』
この1年間、何度もこうして
バックアップしてくれたから、
その言葉の心強さはよく知ってる。
顔を見ることもなく手だけを動かし、
時々口を動かして確認や雑談もしながら…
ようやくあと半分、といった
あたりだったろうか。
日付も変わり、静かなオフィス。
突然、彼が言った。
『ずーっと思ってたけど、』
『?』
『早瀬さん、それ、
考えるときのクセだよね。』
『…どれ?』
『唇、プルプル触るの。』
『…そう?かも…』
自分ではあんまり意識してないけど、
確かにそうかもしれない。
時々、
左手の人差し指に口紅がついてるのは、
だからなのか。初めて気付いた…
『うっすい唇、コンプレックスで。
そんなに触ってるなら、ちょっとプクッと
かわいく腫れてくれたらいいのに。』
『ひんやりしてそうな唇。』
『海さんの唇は…』
改めて、マジマジと見てみる。
『なんか…あったかそう(笑)』
会話の流れで言った言葉。
彼も、ハハハ、と笑って。
『試してみる?』
え?
『早瀬さんの唇、
ほんとにひんやりしてる?
俺の唇は…熱いのかな?』
かなりのことを言っているのに、
表情は、至って真面目。
肉のやき具合を聞いてるみたい。
『レア?それともミディアム?』
みたいな。
…このプロジェクトに係わり始め、
忙しすぎて彼氏と別れた。
シングル歴、半年の私。
キス、したいなぁ…と思ったのは
深夜のオフィスに二人きり、
という環境のせいだろうか。
『試してみましょうか?』
もちろん、
嫌いだったら
こんなこと、言わないし。