第8章 両片想いが喧嘩した結末は ー朔間零ー
どこかで缶が転がる音がした。
カランコロン………
私は後ろを振り向けずにいた。誰がいるか、分かっていたから。
「あんず…」
零さんの声が聞こえる。私は立ち上がった。そしてそのまま走り去ろうとすれば、お守りさんが転げ落ちた。また無意識のうちに握りしめていたらしい。
『逃げるな』
お守りさん第一号は中学校の時にもらった。
『抗え、小娘』
宗お兄ちゃんはそう言った。部活でも人間関係でも日常生活でも嫌なことから逃げる私に、逃げるなと。
未だ宗お兄ちゃんを好きで何も出来なかったあの頃の私に。
そうだ……高校になってもまだ宗お兄ちゃんが好きな私を、困り果てていた私を助けてくれたのは零さんじゃないか。
宗お兄ちゃんへの気持ちを全部、何でも無かったかのように………こんなに胸がすっとするものなのかと、私を夢中にさせてくれたのは零さんじゃないか。
こんなにも好きなのに。
どうして私は逃げてしまうんだろう。
「……落としたぞ」
零さんが黙って立ち止まる私のブレザーのポケットの中にお守りさんを入れる。そしてそのまま踵を返して立ち去ろうとする。
私はその手をつかんだ。
窓から見える屋上に宗お兄ちゃんが見える。サボっているのだろうか。
「辛いことがあっても…」
かすかに屋上にいる宗から見えるあんず。
あの時と同じように、宗は語りかけた。
「お前は逃げてはならない。…………僕のように。」
それがあんずに届いたかは知らない。
私は、思わず声が大きくなった。変な声だったかもしれない。相変わらずか細い声だったかもしれない。それでも、言わなきゃ伝わらない
「好きです、大好きです!!!」
私の声は、確かに届いた。
零さんは私が無理やり掴んだ手をソッと包み込んだ。
「やっと………やっとじゃ……………」
零さんは笑う。とても綺麗な笑顔で。
「吾輩も好きじゃ……嬢ちゃんが恋しくてたまらぬ…
付き合ってくれるな?」
私はぶんぶんと首を何回も縦に振った。
零さんは笑って私の頭を撫でる。
零さんが落としたトマトジュースの缶がユラユラ揺れる。
ふと、窓から屋上を見る。
そこにはもう初恋のあの人はどこにもいなかったのであった。