第63章 死なばもろとも 佐賀美陣
私の手を彼はゆっくりと離した。
……………。
「私は」
桃に伸ばした手はテーブルの上に置いた。
「私のために、誰かの記憶を埋めるのが好きじゃない。それは全くの無駄で、意味のないことだから。」
「そんなこと「あるんだ」」
私は言葉を被せた。
「小さい頃から、誰の記憶にも残らないようにしてきた。声優になったのだって、声さえ認知されればそれだけで済むと思ったから。まあ実際にはなめすぎだって怒られたけど。」
「………」
「だから、陣くんの記憶に私がいるのも申し訳ない気がするんだ。無駄なことを話して、無駄なご飯を食べて、無駄な時を過ごす。」
私は端末でSNSのページを開いた。パスワードを入れないと見られない、特別なページに飛んだ。私が端末とにらめっこしている間、陣くんは言葉を発していた。
「無駄じゃない」
そして、続く。
「もう何年か一緒にいるんだ。どれほど大切な思い出があると思う、あんずちゃん?俺は全部言えるよ。」
「うん、そうだね」
私は端末を差し出した。
そこには、二人の写真や思い出の日々を私が日記にした文章が写し出されていた。
「ねぇ陣くん」
唖然としてその画面を見る彼に、私は声をかけた。
「私はね。私という存在が誰かの邪魔でしかなくって、小さな記憶を司る脳に膨大なスペースをとる迷惑極まりないヤツだと思ってるの」
陣くんは、端末から顔をあげた。私はそれを彼から取り返して、最近彼からのメールの返事もせずに作ったページにアクセスした。
「でも、陣くんはそんな私を許してくれそうだから。」
私は黙ってそのページを彼に見せた。
「それで、良いかな。」
陣くんは笑った。立ち上がって、私の側に来て力強く抱きついてきた。
私も彼の胸に顔を押し当てて背中に手を回した。