第63章 死なばもろとも 佐賀美陣
陣くんからのメールは平日なら朝と夜。土日なら昼だけ。おはようとかおやすみとか、今日の楽屋のお弁当の写真とか。
私は一切メールを返さない。
アニメの収録を終えたあと、SNSで作品の収録終わりの記事を投稿した。
私の様子を知りたいなら、これを見ろと陣くんには言ってある。けっこうこまめにチェックしてくれているみたいで、話の種にされる。
“SNSは私だから”
アカウントのログインパスワードを共有している唯一の相手が陣くんだ。まるで部屋の合鍵のように彼にそれが書かれた紙を渡した。
“プロフィール、経歴………私がそこに全部ある”
付き合ってるのだし、一応と言うことで渡したのだ。でも彼は、一週間後に電話でこう言ってきた。
『怖くて見れないよ、あんずちゃん。ログインしてもすぐログアウトのボタンを押しちゃってさ。』
いったい何が怖いんだろうか。素直に聞いてみた。
『だって、あんずちゃんのとんでもない秘密が出てきそうだし』
私は思い切り笑い飛ばした。そんなものは書いていない。本当につまらない、私のプロフィールと経歴だ。
シークレットなのは体重くらいで、そんな危険なものはない。
“陣くん、SNSは私だよ”
声優独特の少し普通から外れた声で私は言った。
“私を怖がらないで”
陣くんはしばらく私のSNSに怯えていた。どういう結果に落ち着いたか知らないが、アカウントを書いた紙は突き返された。
『SNSじゃなくって、本物のあんずちゃんが良いし』
拗ねたように言うので、思わず吹き出した。