第63章 死なばもろとも 佐賀美陣
陣くんの顔はテレビでしか見ない。
私の生業は声優で、それで家を買ってご飯を食べられるくらいには稼いでいる。映画の吹き替えかなんかで彼と一緒になったのが今の関係になったきっかけだ。
最初はご飯に誘われた。それを断った。収録の度に誘うから、何かの社交辞令だと思っていた。でも陣くんはある日突然、お店を予約したからと強引に私を連れていった。
“こういう店は嫌い?”
フレンチのコースが食べられる、お値段が高いお店。
私は首を振るしか選択肢がなかった。
私だって行こうと思えば行けるお店だった。でも、一人じゃいく勇気がでないのも確か。
“あんずちゃん、本当に声が可愛いよね”
口説き文句がたどたどしかったのを覚えている。そりゃ声優なんだから声にはちょっとした自信があるけど。
“佐賀美さんも良い声してますよ。”
ちなみに、私は共演した人には必ずこう言う。そんな決まり文句を世界一大事なものみたいに扱って、今も酔えばあのときはありがとうと言ってくる。
陣くんはちゃんと私にとって大切な存在だ。
でも。
私一人には、大きすぎる人間なのではないだろうか___