第58章 さようなら、イチゴオレ 氷鷹誠矢
どうして、ですか
「どうして今さらこんなものをよこすんですか」
誠矢は誰からも答えられないことを知りながら虚空に訪ねた。
____ありがとな、氷鷹
彼が言わんとする事が何だったのか。
自分が最後にあの先輩と会った時を思い出した
____俺の愚痴、聞いてくれて、ありがと
自分はなにも言わなかった。なにもしなかった。聞いただけだ。
____いつかイチゴオレ、お前に奢ってやるよ
奢って、くれなかったじゃないか。
そのままふらっと消えたじゃないか。
聖なる夜に、プレゼントを置いて、そのまま去っていくサンタのように。
「あなたは、消えたじゃないですか」
____俺の愚痴が消える頃に、お前にやるわ
朝霧はイチゴオレを飲みながら笑っていた。
記憶の中の彼はいつも笑っている。
「……………………愚痴は消えましたか、朝霧さん」
空になったイチゴオレの小さなパックを見下ろす。
この前、彼の父親が亡くなったという不幸のニュースを見たばかりだった。
カラカラと部屋の窓を開ける。二階建ての三人家族には少し大きめの家の二階の窓を、ゆっくりと開けた。
なぜ彼はイチゴオレなんか飲んでいたんだろう。なぜ名前を頑なに伏せていたんだろう。その理由もわからずじまいだ。
なぞだらけだ。あんなに一緒にいたのに。自分の学院生活に光の思い出をくれたのに。
尊敬する、先輩だったのに。
「さようなら、朝霧さん」
誠矢は日の沈む街を眺めながら、二階の窓から空のパックを投げ捨てた。
朝霧は夕焼けをよく背負う人だった。でも、朝を背負う方が格好よく見えた。
パックは我が家の庭にコトリと軽く音をたてて落ちた。
明日、妻に怒られるだろう。もしかしたら北斗が文句を言うかもしれない。
でも黙っていれば近所の不良青年のせいにできるか。
____またな、氷鷹
頭の中で声が響いた。
時たま、夕日をバックに笑う彼のことが頭に浮かぶ。浮かんでは、一瞬で消えていく。
「朝霧さん、今度こそ、さようなら」
誠矢は一人で呟いた。
きっと、イチゴオレはもう二度と飲まないだろう。