第58章 さようなら、イチゴオレ 氷鷹誠矢
朝霧のフルネームを知ることなく彼は学院から姿を消した。
その後しばらくして彼の父親の俳優が家庭内暴力を週刊誌に取り上げられていた。
誠矢は座るもののいない生徒会長の椅子に彼の姿を描こうとした。
部外者を容易く入らせてイチゴオレを差し出す朝霧の顔を、今となっては思い出せない。
そういえば朝霧がイチゴオレ以外を口にしているところを見たことがなかった。一緒にご飯にでも行けば良かっただろうか。
朝霧が使い込んでいたデスクはきれいに整理されていた。
何となく気になって、引き出しをカラカラと開けてみた。
どこも空っぽだが、最後の一つに残っているものがあった。
彼がいつも飲んでいた、パックのイチゴオレ。
『君にあげる』
そう書かれたメモとともに寂しく取り残されていた。
誠矢はそれを手に取り、賞味期限だけを確認してストローをさした。
「甘……」
そりゃそうだ、イチゴオレなんだから。
朝霧の高笑いが聞こえてきそうだった。君って、誰のことを言ってるんだろうか。
誰でもないなら、飲んでも良いだろう。
誠矢はその甘さを飲み干した。
屋上に上って、かつて朝霧がやったようにパックをフェンスの向こうに投げ捨てた。
音をたててパックはくすんだ色のゴミの上に落ちた。きっとゴミだしがまだなんだろう。ゴミ箱の中は変わっていなかった。朝霧が投げたパックもそこにあった。
誠矢は、ありったけの力でフェンスを握りしめた。
彼の中には後悔しかなかった。
なぜなら、朝霧の家族の愚痴を聞いていたのは他の誰でもない自分であったからだ。