第57章 最後に見た彼は 椚章臣
午前中最後の授業を終え、斎藤が職員室に戻ろうとすると
「せんせ~」
廊下に出たとたん、生徒の朔間凛月が声をかけてきた。居眠り常習犯で、よく斎藤からお灸を据えられる生徒だった。
「はいはい、どうしました?」
「今日も残業する?」
「失礼な。好きでやってるわけじゃないんです。私は全ての仕事を終えてるんですよ!ただね、演劇部の仕事がね……?」
朔間の肩に手を置き、ミチミチと力を入れる。
「………その重み、受け止めきれないよ…やめて先生……すごく痛い……!!」
顔を青ざめる朔間から手を離し、斎藤は再び彼に向き直った。
「まあ今日も残業はしますよ。でもそれが何なんです?」
「残業終わってからで良いからさ、音楽室でピアノ教えてくれない?」
「……………………はい?」
朔間は、真剣な顔でそう言った。斎藤は真剣とは程遠い声色でそれに答えた。
「まあ…大学まではやってたし今もたまに弾いたりするけど………多分、あなたの方が上手だと思いますよ?」
「下手くそでも良いよ。とりあえず残業ちゃっちゃと終わらせて俺のピアノ見てくれる?」
じゃーよろしくねー。と朔間は教室に戻っていく。
残された斎藤は行き場のない感情のぶつける先がわからず、しばらく呆けていた。
「はるひちゃんごめんなさ~い!!」
そんな彼女に、またしても声がかかった。
鳴上嵐だ。
「凛月ちゃんにはるひちゃんがピアノ弾けるって言ったのアタシなの!忙しいのにごめんなさい!」
「いや別に良いです……ピアノを弾けるの、別に隠してた訳じゃないですし。どうして謝るんですか?」
斎藤は律儀に対応し、そう尋ねた。すると彼は急にもじもじしだして言いにくそうに耳を貸して、と言いだした。仕方なく片耳を寄せてやると、
「椚先生とピアノレッスンしてるって聞いてちょっと怒っちゃったの」
誰にも内緒よ、という言葉を添えて彼は顔を赤らめて去っていった。
(……………………そんなことかーい!!!)
斎藤はすっかり拍子抜けして肩をガックリ落とした。
最近椚が珍しく遅くまで残ってると思えばそういうことだったのかと納得する。
しかしまぁ…。
本当に、肝心なことは言わない人だ。