第57章 最後に見た彼は 椚章臣
「おー、すごいすごい」
コピー機はいつもの調子を取り戻し、大量の紙を印刷物している。
「ありがとうございます、機械にはめっぽう弱くって…」
あはは、と斎藤が新人教師に笑いかける。
「いえいえ、これくらいなら全然。いつでも言ってくださいね。」
何て頼りになる新人………ッ!!
斎藤は感嘆し、コピー室から出ていく背中に軽く敬礼しておいた。
「……………何やってるんです?」
そんな彼女に、一人声をかける者がいた。
「メシアを見送ってるんです」
敬礼していた手をおろし、コピー室の入り口にいる椚に答えた。
「…あなた、世界史の教師でした?」
「まあ、社会は……地理ならいけるかもしれませんね。」
斎藤は肩をすくめ、刷られた紙を運ぼうとした。その紙の半分以上を、ひょいと椚が持ち上げた。
「ちょっと!!」
思わず大きな声を出すと、椚は澄ました顔で告げた。
「持てるんですか?」
「………………」
斎藤は言葉にこそしなかったが、目一杯表情で不愉快さを露にした。
(…………………こういうところは…………変わってくれないのね…)
自分のペースには合わせず、先々行ってしまう。
斎藤は残りの紙を持ち上げ、遠ざかる背中を見た。
「あ」
その光景は、いつかどこかで見た。
あの時も斎藤は何も言わずに見送ったのだった。
『…………あんた何やってんの?』
出会いはそんなんだったような気がする。
最初に見たのも、やっぱり背中だった。
普通科の校舎の前をうろうろしている怪しい奴がいると聞き、普通科の生徒会長をしていた斎藤が見廻りをしている時だった。
そして、最後に見たのも背中だった。
芸能界、引退。
その文字を新聞で見たとき、玄関先で膝から崩れた。
最後のライブを終えたあと、慌てて椚の元に駆けつけた。
『…………ッ』
手は伸びたが、言葉が出なかった。
斎藤の横を、椚は無言で通り抜けた。
その時に開いた彼女の口が、確かに動いた。
その言葉が何だったのか、椚は一生知ることがない。
斎藤も、一生言うつもりはなかった。