第57章 最後に見た彼は 椚章臣
禁煙室で、思い切り煙を吐き出す。
(あ~………効いてきた効いてきた…)
煙草依存患者とはよくいったもので、斎藤は私服の時間をたんまりと満喫していた。
(一週間も禁煙するとは……やっぱ最低週一は煙が恋しくなるなあ。)
煙草をくわえながらボーッとしているとコン、と音がした。そちらを見れば、同じく生物科で今年来たばかりの新人教師が煙草ケースを片手に喫煙室に入っていてきた。
「あらこんにちは」
斎藤が声をかけると彼はこんにちは、と朗らかに返した。
「どうですか、ここには慣れました?」
「それがですね……全然言うこと聞いてくれないんです」
「あっはは、私も最初はそんな感じでしたよ」
相談にのる形になり、しばらくの間盛り上がっていた。斎藤の煙草が短くなると二人は話すのをやめ、職員室に戻った。
「おーい斎藤先生~。」
「はい何でしょう?」
再び演劇部のパンフレット制作にとりかかろうとしたのだが、教師としての仕事もあることをすっかり忘れていた。
生物の授業で行われる実験の手伝い、生徒からの質問に答え、コピー紙の補充……。
白衣を翻し、斎藤はてきぱきと仕事をこなしていく。
(……一本吸うともう二、三本吸いたくなるな)
何てことを思いながらせっせと働く。
「斎藤先生、最後にこれコピーしてきてください」
「わかりました」
斎藤は外向けの笑顔を無理に張り付け、さっさも印刷機のあるコピー室へ向かった。
同じ職員室に置いておけば良いのに、どうして少し離れた部屋を設けるのか。こんな大きなものをおいたら手狭になるのかもしれないが、刷り終わった紙を持ち運ぶのは大変なんだ。
「ん………あれ?おっかしいな」
ポンポン、とコピー機をたたく。途中まで調子がよかったのに、紙が出てこなくなってしまった。
(……参ったな)
斎藤は踵を返し、コピー室からでた。そこに丁度、先程喫煙室で会った新人教師と鉢合わせた。
「あ、ちょうど良かった。紙が詰まっちゃったみたいなんですけど何とかできますか?」
「はい、それくらいなら。」
斎藤はその答えを聞き、心底安堵した。