第57章 最後に見た彼は 椚章臣
怒られてしばらく大人しくなっていた斎藤だったが、再び口を開きだした。
「もー…!!終わらない……!!!」
パソコンにカタカタと文字を打ち込み、悲痛な声をあげた。
「………何やってんの、はるひちゃん」
「演劇部のパンフレットの作成……あの子達、こだわりがあるのは良いんだけどさ。もっと楽しそうに!とかアメージングが足りない!とか抽象的な要求ばっかりで…」
「あー…でも良いんじゃない?俺けっこうその感じ好きだけど」
「でも何か違う………日々樹のアメージングってのはもっとこう…何か………ガッときてグワーッてなるやつ!!」
「何それ」
佐賀美は湯飲みのお茶をすすりながら、呆れ顔で斎藤の仕事ぶりを見ていた。
(はるひちゃんって実は真面目なんだよな……。それにちょっとした天才気質だから日々樹とも波長が合うみたいだし。)
だからこそ、あの椚と今の関係になれたのだろうけれど………。
「あー!限界!!」
斎藤はそう言い、パソコンを閉じた。どこかふらつく足取りでヨロヨロと席を立った。
「おーい、どこ行くんだよ?」
「気分切り替えてくる……気が触れそうだし…」
彼女は白衣から煙草のケースを取り出して佐賀美に見せた。行ってこい、と言わんばかりに彼は親指をたてて見送った。
斎藤はここのところ、禁煙をするんだとか言って張り切っていたように思う。その原因は察しがつく…。
(ほんっと、真面目)
チャイムが鳴り授業を終えた教師達が次々と戻ってくる。そこには当然椚の姿があった。
椚は佐賀美の元までやってきて、キョロキョロと辺りを見渡した。
「斎藤先生は?」
「煮詰まったから気分転換だと。」
「そうですか。教卓に忘れ物をしていたので、持ってきました。次は気を付けるようにと伝えておいてください。」
椚は斎藤のデスクの上にペンを置いた。彼女がいつも愛用しているものだった。
去っていく背中を見ながら、佐賀美は苦笑した。
(はるひちゃんが禁煙しようとしてる理由、アイツ知らないんだろうな……)