第56章 それはそれは 七種茨
「そういえば、俺も読んだことあるんですよ。」
七種くんが幸せの顔を浮かべたまま喋る。
堕落論のことだと彼が続ける。
「昨日の敵は今日の友っていう日本人の考えが甘いとか書いてませんでした?俺、あれには共感です。」
「………そう。私は、『単に人生を描くなら地球に表紙をかけるのが一番正しい』ってところ。」
「おや、難しいところですね?」
そんなところあったかなあ、と彼は口を動かしながら悩む。
私は、彼の言葉を頭の中で再生した。
(………昨日の敵は今日の友という考えは日本人の甘さ……)
確かに、そんなことが書いてあった。
(でもそれじゃあ…)
頭の中が白くなっていく。
(今の、状況は?)
私と七種くんは、決して友なんかじゃない。なのにこうして……
だって、彼は……………
私達と対峙する存在だから。
(……って何ショック受けてるんだ私は)
慌てて現実に帰ってきた。
(わかりきったことじゃない)
彼は親しみを込めてこんなことに誘ってきたわけじゃない。
もう一人の自分にそんなことを言い聞かされた気分だった。そんなのいないけど。
「七種くんは、この意味わかる?」
それを誤魔化すように取り繕うため、その話題をふった。目の前の彼は顎に手を添え、唸った。
「前後の文を覚えていないのではっきりとは言えませんが………地球を本と見立てているのではないでしょうか?ほら、地球に住んでる人の人生をページとしたら地球が本の表紙になりますよ。
人生を描くことが本を作ることなら、手っ取り早く表紙をつけちゃえば良いんです!」
「……………なるほど……すごいね、七種くん」
分かりやすい説明に、私は納得した。
何だか、ここ最近の謎があっさりとけて拍子抜けだな……。でも彼には感謝しないと。
ところでこんな会話をしている私達を
「……え?何の話?」
「堕落論って何…?」
「哲学……?」
周りの人が白い目で見てるのを、ひしひしと感じていたので味のしないスイーツバイキングになってしまった。