第56章 それはそれは 七種茨
茨くんは生き生きとした顔で、私は疲れはてた顔で店から出てきた。
あんなに甘いもの、ダメ。だって、胃もたれとか、胸焼けとか。
こんなこと言ったらお母さんはとてつもなく黒い笑顔を見せてくるけど、17才なんてティーンエイジャーのババア枠なんだから。そんなにガツガツ食べてたら明日が辛いよ。
「楽しかったですね!」
茨くんは大満足で笑った。この子、甘党なのか…?
私は黙って頷いた。
駅に向かう間に、明日からの仕事の都合で私とは別方向になると教えてもらった。
ならばもうここで………駅でお別れだろう。
「今日はありがとう、美味しかった。」
たくさん食べるのは嫌だったけど、味は好きだった。
「いえいえ、また機会があれば…………あぁそうだ」
さっさと行ってしまうのかと思いきや、茨くんはファンの子が赤面しそうな笑顔で言った、
「今度、自分のおすすめの本を紹介させていただきます。堕落論がお好きなら気が合いそうですし。」
「…………あぁ、そう…ありがとう。」
なんだか不自然なくらい優しくしてくれるなぁ。
でも…
悪い気はしない。
プライベートと仕事を分けると言うならそれを信じよう。
___初めまして
ふと、唐突に伏見くんの言葉が頭に響いた。
「……………………ぁ」
大きく手を振って遠ざかる茨くんに、私は彼との出会いを思い出していた。
あの日、いきなり君は話しかけてきた。そして私に話す隙を与えなかった。
私も伏見くんと一緒。
君に、初めましてを言えなかった。
もう一度記憶が消えるなら私は迷わず茨くんに初めましてを言いにいく。
だって彼のペースはその簡単な挨拶さえ許さないから。
私が最初に声をかけていたらどうなっていただろう。茨くんは答えてくれたかな。
伏見くんが話してくれたことの意味がよくわかった。
茨くんは、初めましてって言いたくなる人だ。
記憶をかきけしても会いたい人。
彼にばかり話させて、私はろくに話さなかった。
急激に後悔に襲われた。
今度会ったら色んなことを話してみよう。七種茨という人間を知るために。
昨日の敵は今日の友と言うのが甘さなら、今日のスイーツみたいに甘ったるくなろう。
初めまして、茨くん。
今日から君は、私の友達です。