第56章 それはそれは 七種茨
さすがに駅内で顔を晒すことはできないらしく、茨くんは鞄から取り出したマスクをつけ顔を隠した。
ならばもしバレてしまったとき、私が隣にいると何かと不便だろう。隣を歩かないように適度な距離を開け、ホームに入る。
丁度そこへ急行の電車が止まった。確かここから三駅ぐらいの所に例のお店はあったはずだ。
休日とはいえ急行の電車は混む。電車から出た人の波に飲まれそうになるも何とか乗り込んだ。
ギュムギュムと人を押したり押されたりしながら同伴者を探すと、力強く腕を引かれた。
「離れないでくださいよ、あなた小さいんですから。」
「…………嫌味?」
「あっはっは!まさか!」
茨くんはサラッと嘘をつく。あぁ、遊ばれてるなあ。
彼は他人を気にせずズンズン進み、扉付近に私を連れて行った。
「はい、ここにどうぞ。」
彼は私を隅にやり、自分は私の盾になるよう人混みを背中に背負った。
「……きつくない?」
「あまり舐めないでくださいね。あなたを庇うくらい造作ありませんから。」
何だか格好いいことを言われたが一応今日は業務的なものとして来ているので特に反応もしない。
茨くんはやはり人の多さが堪えるのか、何回も苦しそうに呻き声を出していた。
目の前でこんな声を出されてはたまらない。あとひとえにほどだし、もう大丈夫だろう。
「場所変わろうか」
「…………あの、俺に恥をかかせたいんですか?」
「それくらいできるよ、プロデューサー兼勝利の女神舐めないで」
「あぁ、その肩書きもはや公認だったんですね」
茨くんはそう言いつつも結局最後まで場所を変わらなかった。電車から降りるとため息をついて肩を回していたので申し訳なさが募った。