第54章 自己犠牲は美しい、そして 葵兄弟
スマホの表示画面を見ると、ひなたくんだった。
通話ボタンを押すと、元気なあの声が耳に入ってきた。
『夜にすみませんあんずさん!企画書でちょっとわからないところがあって……』
ひなたくんだけじゃなく、ゆうたくんの声も聞こえる。後ろから『兄貴バカ』『わざわざ電話なんて』と愚痴をこぼしていた。
「うんいいよ……えっと、どこかな……」
涙を拭いながら彼の質問に答えた。
自分は甘くないとか言いながら、何やってるんだろう私……。
しばらくのやり取りの間、始終ひなたくんはゆうたくんと楽しそうにしていた。私達は男女だから羨ましいとは思わないけれど、聞いていてほほえましかった。
『ありがとう~!おかげで書き終わったよ!!ってもうこんな時間!!さぁさぁゆうたくん!もうおねむの時間だよ!!』
『は、ちょっと!!』
『お肌に悪いからっ、ね!!』
電話の向こうでドタバタと暴れまわる物音がした。時計を見ると、もうすぐ日付が変わりそうだった。
…………ヒロと、随分長いこと喧嘩してたんだな。
『さてさて!弟を寝かしつけたところで!』
「……………まだ何かあるの?私そろそろ眠いなぁ。」
『あははっ!相変わらず嘘が丸見え!!……………………何があったの?』
電話の向こうの声が鋭くなった。突然のことで反応できずにしばらく固まった。
『最初の方涙声だったでしょ?ゆうたくんはいないから、俺にだけ話してよ。』
「……………………………………………ふふ」
私は、笑ってしまった。いくら年下といえ、やっぱり君は………
お兄ちゃんなんだね。
「……………ヒロと、喧嘩した」
『…ヒロさんと』
「家の中、めちゃくちゃ」
空笑いがこみ上げた。ヒロが片付けてたの、椅子だけだ。あと全部私にやれっての?
「………………………もう、わかんない」
目元を抑える。また涙が出てきた。
「私達ってなんなの」
二卵性の双子。
私達は赤の他人のはずだった。母親のお腹の中で、どちらかは死ぬはずだった。
それなのに二人とも生き延びた。
生き延びてしまった。