第54章 自己犠牲は美しい、そして 葵兄弟
家の中がめちゃくちゃになった。
不登校でひょろひょろのヒロと、男子に囲まれてちょっと逞しくなった私はほぼ互角で。
写真たて、椅子、皿………手に取れるものを投げ合って、私が台所に逃げ込んですすり泣き始めた所で決着はついた。
リビングでヒロが片付けをする音が聞こえる。台所のシンクの側で、膝を抱えてボロボロになって私は泣いていた。やっぱり、男の子には勝てないな。
お互いの体にあざや擦り傷が目立った。こんな喧嘩いつぶりだろう。いつの間に自分たちはこんなにもわかりあえていなかったんだろう。
「あんず」
ヒロが、私の名前を呼んだ。
「俺、学校やめるかもしんない」
また感情のないトーンでそう言った。
ヒロの足音が遠くなるのがわかった。待って、と言おうとした。掠れた喉から息が出ていく変な音がした。
「待って」
ようやく出た声は、リビングから出ていった弟に届かず消えた。
「…………………………………ッ…………行かないで…」
玄関のドアが開く音とスニーカーがアスファルトを踏む音が同時に聞こえて、やがてドアが閉まる音にかきけされた。
「……………………………………………置いていかないで………」
私のその声は、誰にも届かない。
無意味に伸ばした手に、血が垂れていた。
ヒロのやつ、まさか花瓶を投げてくるなんて。
その割れた破片を拾おうとしたときに切れたんだ。
パタリ、と手がフローリングの上に落ちた。
もうヒロが家にも帰ってこない気がして怖かった。
どうしたらいい………どうしたら。
不安に襲われる私の耳に、軽快な電子音が響いた。
聞きなれた音楽………スマホが鳴っている。