第51章 忘れてしまえ 蓮巳敬人
「シャンパンいかが?」
会場の壁際で依頼人を不自然にならないよう視界の端に入れながら見張っていると、ウエイトレスがそう声をかけていた。
一応仕事中なので断ろうとしたが、
「いただこう」
と先輩がウエイトレスが持っているトレーから二つとった。ウエイトレスは一礼してまた別の人へ声をかけにいく。
「先輩……そんなに飲むんですか」
「何を言っている、これはお前の分だ。」
ズイと一つが私に差し出された。
仕事中の飲酒とかしなさそうなのに……
「楽しめとも言われているからな。」
先輩は諦めに近いニュアンスでそうぼやき、グラスに口をつけた。
「…………私、シャンパンとか飲んだことないんですけど…ていうかシャンパン買えるほど稼いでないんですけど……。」
「なら良かったじゃないか、飲めるときに飲んでおけ。」
…………ちなみに、先輩と私では給料が全く違う。先輩はシャンパン一杯どころか無限にシャンパンタワーを飲めるほど稼いでいる。
「い、いただきまーす」
試しに一口飲んで、思わず身震いした。
先輩はそれを見て吹き出していた。
「…………渋い~………ッ!!」
「お子様舌ですね。」
ヒョイッとグラスがとられた。呆気にとられていると、そのグラスをとったのは見慣れた顔だった。
先輩も笑うのをやめパッと顔をしかめた。
「なるほど、お可愛らしい。」
そしてグイッと私のグラスに入っていたシャンパンを飲み干した。
「さ………七種くーん…?それ私が口つけてたんだけど………。」
「自分は気にしませんよ。」
七種茨。
私と同期のエージェントだが、拠点としているオフィスが違うためあまり顔は合わせない。まあ……姉妹社にいる同期、ということだ。
七種くんも誰かの護衛らしい。黒のスーツに胸元には薔薇が添えてあった。(彼が着ると似合ってるものだから腹立つ)
「ご馳走さまです。」
私にグラスを返し、彼は先輩ににこりと笑いかけた。
いやいや、先輩の機嫌を考えてくれ。対応するのは私なんだぞ。
彼は満足げに笑い、会場のどこかへ行った。ペアの女の所だろうか?