第42章 …………マリーなんとか 乱凪沙 前編
「…………ごめん」
凪沙さんはポツリと呟いた
「…………悪いことをした」
彼は泥のついた頬をグシッとこすった。
「…………その、散歩のつもりだっけれどつい…」
「…ついじゃない」
「…………ごめん」
「まずドロドロの顔と服何とかしてこい」
「…………本当にごめん」
彼はそれを最後に風呂場へ向かった。
ああ何なんだあの人は、本当に……
「やれやれ、奥さんの涙もハンカチでふけないとは相変わらずだね!」
それと入れ違いに日和さんがリビングにやって来た。
「……ジュンは?」
「寝てしまったよ、悪いね。凪沙くんのベッドを借りてるよ。」
平気とか言いながら、やはり疲れていたようだ。私は服の裾でグイッと涙を拭いた。
「やれやれ、結婚式二日前の花嫁の顔ではないね。」
「………だって」
「うんうんわかってるよ。あの凪沙くんがお相手だもんね。簡単にはいかないよ!………最近、君の元気がない理由がようやくわかったね!
凪沙くん、心配そうにしていたからマリッジブルーではないかと思って……彼が興味ありそうな本を貸したんだけど、あまり効果はないみたいだね!」
「あの本あんたのか」
昨日凪沙さんがチラッと読んでた本だ。あの人、まずマリッジブルーを言えてなかったからね。マリーなんとか言ってたからね。
「凪沙くんにとって君が必要ない?それはないね!絶対に!!あり得な…」
日和さんがピタリと言葉を止めた。
何だ?と思って彼の先に視線を向けてバッとそらした。
一瞬だけだが、服ごとびちゃびちゃになった凪沙さんがリビングの入り口に立っていたのが目に入った。
「…………服も体も一緒に洗ったんだけど、タオルと着替えどこにあるの?」
ケロッとしたいつも通りの口調で彼は尋ねてくる。
「………そういえば僕が使ったタオルで最後だっね…」
「着替えも持たずに風呂場に行くから……」
何でこうなるんだ?何でこんなミラクル起こしてるんだこの人?
もはや突っ込みも心も体も追い付かない。何とかしないと、とは思うけど私の体はソファーに沈んだまま動かなかった。