第32章 大変なことになりました 伏見弓弦
「や~……ねんねするの……」
「はい、ですからお一人で……」
あんずさんには困ったものです。先ほどから同じことしか言いませんし………
それにそろそろ限界に近い物があります。あんずさんは常日頃、遠慮がありませんから……
「弓弦くんの意地悪、カルボナーラ…」
まだ引きずっておられたとは
そろそろカルボナーラは飽きてきましたよ。
「あんずさん困ります……」
「……弓弦くんは私のこと嫌いなの…?」
一番弱々しい、昼間とは違うトーンでそう言い、浴衣を掴んでいた手を彼女は離した。
私も数秒間動きが止まった。
いったい何をおっしゃられているのか………
「……ごめん…ね………」
そのまま眠りにつこうとする彼女を、揺り動かす。このまま寝させるわけにはいかなかった。
「謝らないでください。私はあんずさんが嫌いではありません。」
「……本当?」
再び浴衣を掴み、ギュッと抱きつく。
「ギュッてするの、嫌じゃない?」
「………我慢がきかなくなるかもしれないので、少しは控えてもらいたいですが…」
「我慢?」
「いえ、私ごとです。」
危ない危ない。頑張るのです、私の理性。伏見弓弦、耐えて下さいね……
「ギュッてするの嫌じゃないの?私のこと嫌いじゃないの?」
「はい、もちろん大好きでございます。」
そう告げると、彼女はフニャッと笑った。
「えへへ~嬉しいな!」
「ッ…………」
頑張るのです、理性。耐えて、耐えて………!
「あ、あんずさん…そろそ……ろ」
…………なぜ私は生き地獄にいるのでしょう。
「………こんな時に眠らないでください…」
ギュッと浴衣を掴む指を起こさぬよう慎重にほどいていく。
サラサラな黒髪からはシャンプーの匂い。愛らしい寝顔。そしていつもと違う浴衣。
行く当てもなく手が震える。
そんな変な思考回路を断つように震えていた手でバシッと頰を叩く。
…………いったい私は何をしているのでしょうか