第32章 大変なことになりました 伏見弓弦
「儂はサイコパスとでも言うんかいね………。儂には喜怒哀楽の哀がなかもん。」
サイコパス…確か、精神がおかしい人のことだったかな…?
それに、喜怒哀楽の哀がないって…悲しんだりしないってこと…?
「いや、哀もなければ罪悪感にさいなまれたこともなかばい。だから…………どんだけ悪かことしても何とも思わん。
それこそ、例え今主を殺しても悲しくも思わんし、悪いとも思わん。」
真冬さんはサラッととんでもないことを言う。そしてまた話し始める。
「それなのに、喜怒楽はしっかりあるけんがそのうち人を悲しむのを見て楽しくなってしもて………いや、羨ましかったとね。儂にはないもん、皆持っとるけん……
自分も悲しんだりしたかったのかもしれんたい。たくさん悪いことして、罪悪感にさいなまれたかった……」
真冬さんはギュッと自分の膝を抱えた。少し、体が震えているようだ。
「人と人のつながりなんて強いようで脆い。昨日の敵は今日の友みたいな………儂は、そのつながりを壊すんが楽しくなってなあ………そげんことばかりしとらすから、留年なんてしたったい。
それでも後悔はせん。罪悪感もない。悲しくもない。」
真冬さんは、膝を抱えていた手で私の手を握ってきた。暗闇の中だったので怖くて振り払おうとしたが、その手が震えていることに気付きやめた。
「…………儂は自分が怖い。そのうち、本当に取り返しのつかんことしよるんじゃ………そんなことしても、悲しみも罪悪感も感じんのか……そう思うと怖い。」
「真冬さん………」
「どげんすればよか……?儂は、儂は……」
弱々しくつぶやき、震える真冬さんの手をギュッと握り返す。ビクッと彼が震えたのがわかった。
「じゃあ、私を傷つければ良い」
「…!?何を言うね!?話聞いとらした!?」
「悲しくなくても、罪悪感なくても大丈夫です!だってほら、震えるほど悩んでる!でも、どうしても駄目になりそうなときは、私を傷つけてください!そしたら私、耐えられる。真冬さんのこと、もう怖くないから!」
暗くて真冬さんの顔が見えない。
それでも……………
彼の震えは確かに止まっていた。
それに、小さい弱々しい声で
「…………ありがとう」
と聞こえてきた。