第1章 Happy……Birthday☆(黄瀬涼太)
「やべ、もうこんな時間っスか」
練習が終わってすぐ体育館を出た筈なのに、既に21時を回っている。
いくら日が長くなってきたとはいえ、流石にこの時間は真っ暗だ。
“今日”が終わってしまうまで、あと3時間しかない。
いつもならシャワーを浴びて着替えてから帰路に着くが、今日はロッカールームで汗で濡れたTシャツだけを替えて出てきた。
傘と仲良くしなきゃならないこの時期……幸いにも今日は梅雨の晴れ間だ。
朝、窓の外を見てから嬉しそうに洗濯機を回していた姿を思い出す。
あの笑顔に早く逢いたい。
とにかく急いで帰らなきゃ。
バスケの試合中と変わりない勢いで駅構内から自宅マンションまでの道を走り抜ける。
厳しい練習の後だというのに、不思議なほど足は軽い。
そよ風に合わせて揺れる木々ですら、オレを応援してくれているような気になるのだから、相当浮かれているんだろう。
「お帰りなさいませ」
掃除の行き届いたマンションのエントランスを抜けると、コンシェルジュが恭しく頭を下げた。
「ども、お疲れ様っス!」
エントランスを抜けて応接スペースの更に奥、エレベーターホールの壁はガラス張りになっていて、小さな庭園が見える。
梅雨は洗濯物を外に干せないから困るけど、ここから見える、雨に濡れた紫陽花が好きだと言っていた。
オレは、嬉しそうにそう言うその横顔の方が好きだった。
今日、その花たちは宵闇にも負けずに、さらりと艶めいた花びらを披露している。
きっと彼女は、この花たちも嬉しそうに見つめるんだろう。
その大きな瞳を輝かせて。
エレベーターが到着するまでの時間すら惜しい。
逢いたい、早く。
「ただいま!!」
着替えたはずのTシャツは既にぐっしょり濡れている。
肌にはりつく不快感よりも、逢いたい気持ちの方が勝っていた。
リビングへの扉を開けると、ソファから小さい頭が覗いているのが見える。
しかし、オレが帰ってきたというのに、動く気配がない。
帰りが遅くなって、怒らせてしまったのだろうか。
「みわ……」
正面に回ると、視界に入ったのは夢の中に行ってしまっている愛するヒトの姿。
どうやら、待ちくたびれて寝てしまったらしい。