第3章 Sweets in the rain(紫原敦)
雨は、きらい。
ぽつりぽつりとアスファルトを濡らす雫がまるで、自分のこころの中の醜いシミのようで。
一旦濡れてしまったら、あとはじわりじわりと表面の溝に沿って広がっていくだけだ。
つん、と頬を突いたのは恋人の指でもなんでもなく、雨粒。
今日は雨の予報じゃなかったのに。
ここは、都心のデートスポット。
毎年この時期になると、期間限定でスケートリンクが設置されたりと、よく話題に上がる場所だ。
いつもひとで溢れかえっている……とは言え、火曜日のこの時間は飲んでいるひともそんなに多くない。
目の前には、付き合って4年目になる彼氏。
暗めの茶髪をワックスで綺麗にまとめた姿は、デキるサラリーマンそのもの。
今日は私の誕生日だから、ずっと前から食事の約束をしていた……のだけれど、待ち合わせ場所で合流してから今の今まで、会話らしい会話がない。
お店に入る気配もない。
雨、降ってきちゃったのに。
「ねえ、どうし……」
「みわ、大切な話があるんだ」
真剣な彼の表情に、どきりと胸がときめく。
最近のデートと言えば、私の部屋に彼が遊びに来て一日中ゴロゴロしたりエッチしたりするばっかりで、こういうのって久しぶりだったから。
それに……【大切な話】。
もうピチピチの若さとは決別した年代の女性にこの言葉を掲げれば、それが何を指すのかは一目瞭然だろう。
私だって、言われなくても気が付いてる。
そう、結婚。
……ずっとその単語を出さなかった彼だけれど、まさか誕生日にプロポーズしようと考えていてくれたなんて。
最近は惰性で付き合っている事にも疑問を覚えて、これでいいのかなって思ってたりもしたのに、ゲンキンなものでそんな気持ちは吹き飛んでいた。
頭の中には既にバージンロードを歩く自分の姿。
友達は、ドレス選びに苦労したと言っていた。
「みわ……」
「……はい」
どうしようどうしよう、私にも遂にこの瞬間が来るなんて。
こころの準備が、こころの準備が、ええいさあ来い!
「……俺達、別れよう」