第13章 Mic check!(黄瀬涼太)
『今日はみんなありがとう!
んじゃ、また次の配信でお会いしましょー。おやすみ〜』
締めの雑談を終えて配信が切れるなり、自室から出て来た涼太はまっすぐ私のところへ向かって来た。
「お疲れ様、涼」
そう声を掛けようとした瞬間、彼の胸の中に閉じ込められる。
「はー、癒し」
それはこっちの台詞だ。
あったかい。彼の香りを胸いっぱい吸い込むと、ささくれ立っていた気持ちが落ち着いて来た。
「……配信、疲れたでしょ。お疲れ様」
「ん〜、喋ってただけであんま疲れる要素ないんスけどね」
「でも……すっごく怒ってたし……気疲れしたんじゃない?」
緩やかに上下していた胸の動きがぴたりと止まる。
「え? オレ、顔に出てた?」
「顔、っていうか……雰囲気っていうか……」
なんて表現するのが正確なんだろう。
違和感っていうか……なんか、空気の色が変わるっていうか……。
「やっべ。バレてないといーけど」
「大丈夫だと思うよ。全然露骨な感じじゃなかったから」
それこそ、付き合いが長い人間じゃないと気が付かないと思う。
涼太は本当に、メンタルコントロールが上手だ。選手生活が長いからだろうか。
「いいな、妻の余裕って感じ。うちの嫁さん最強」
涼太は微笑んで、額と額をこつんと合わせた。
気付いてないかもしれないけれど、表情に疲れが滲み出てる。
……配信だと"奥さん"って言うのちょっと照れるけど好きかもしれない。
前に使い分けの理由を聞いたら、コメントで視聴者さんが"奥様"と言うのでそれにつられてしまうってことだったけれど、なんとなく新鮮な感じがする。
また、ツボがマニアックって言われちゃうかな。
「コーヒー淹れようか? さくらんぼ、冷えてるよ。さつきちゃんが送ってくれたの」
「へえ、桃っちが?」
「うん、今お仕事の研修で山梨に行ってるんだって。それで」
今日はいつもの配信じゃなかったし、疲れているみたいだから少し気分転換をした方がいいかも。
桃井さつきちゃんがいっぱい送ってくれたさくらんぼ、ありがたく頂こう。