第13章 Mic check!(黄瀬涼太)
「いけない、始まっちゃう」
思わず独り言が飛び出した。
読んでいた仕事の書類をクリアファイルにしまって、テーブルの上のタブレットをスタンドに立てる。
冷めかけたカフェラテに口をつける前に、息子のおやつの残りのクッキーを齧った。余計なものが入っていないシンプルな甘さが、疲れた脳に沁み渡るようだ。
『こーんばんは。黄瀬チャンネルへようこそー』
タブレット画面に映し出されたのは、ちょっとよそ行きの声で、微笑みながら手を振ってくれている涼太の姿。
思わず画面に向かって手を振りかえしてしまった。
すぐ隣の部屋にいるというのに、変な感じ。
涼太が出演しているテレビを観ているのとはまた違った感覚。
彼が現れたのと同時に、画面右半分に表示されているコメント欄が物凄い速さで流れていく。
その殆どが、彼のお誕生日を祝う言葉だった。
『おお、すげえ勢い。みんなアリガトー』
世界的に大流行した感染症……皆が自宅待機を余儀なくされていたあの時期に、涼太もお仕事がだいぶお休みになってしまった。
何か出来る事はないかと、空き時間に動画配信サイトでファンの方に向けて近況報告などの配信をすることにしたんだ。
そんな中、お仕事のお友達に誘われて、一度だけゲームの実況を配信したのがなんだかすごく人気になったようで?
今や登録者数が100万人を超えたとかで?
今でも時間ができた時には不定期で配信をするようにしている。
家族第一というのを公言しているから、配信する時は子どもを寝かしつけてからの夜がメイン。配信時間も、最長でも2〜3時間くらいと決めているみたい。
ファンの方からは、もっと頻繁に&長時間配信してとリクエストを貰っているみたいだけど、本人はどうなのかな?
お仕事のことは、相談されない限りは口出ししないようにしているから、涼太の真意は分からずにいる。
涼太にとっては、お仕事というよりもオフの時間を少し配信に充てている感覚なのかと思っていたけれど、収益が発生する以上、ちゃんとお仕事としてやりたいみたいで……。