第12章 thank you for everything(黄瀬涼太)
「……涼太、本当にもう大丈夫なの? 私、運転するよ」
運転席に乗り込んだオレの額に手をそっと当てて、心配そうに覗き込んでくる。
「元気じゃないとあんなに出来ないってば。みわが一番分かってるでしょ」
「う」
小さな手に口付けを乗せてそっと返すと、みわは薄暗い車内でも分かるくらいに頬を染め、下を向いた。
マジでどこも悪くない。さっき熱測ったら、平熱どころかちょっと低めだった。
あれは過酷な撮影とか試合の後によくなるやつ。みわで充電したからクソ元気になったのである。
そして、バスルームで照れるみわの可愛さが悪すぎた。
弁解すると、一応入るまでは軽くイチャイチャしたりお喋りするだけのつもりだった。マジで。
子どもたちは我が家に送り届けてもらう予定だったけど、歯磨きを終えたあたりでまだ帰りたくないと抵抗を始めたようなので、結局二人で迎えに行くことにした。
発車前に、眠くなるかもしれないからと、みわがタンブラーに用意してくれた温かいコーヒーをひとくち。
「ん、うま」
「美味しいよね。小堀先輩から頂いた豆だよ」
「さすが小堀センパイ」
海常のセンパイ達は、なんだかんだ今でもオレらを気にしてくれていて、誕生日じゃない時にも何かと差し入れをくれる。
「……幸せだなぁ」
ぽつりとみわの唇から零れたその言葉が、コーヒーに溶けたみたいだ。
一口目よりも、ほんのりと甘く感じる。
「みわ、いつもありがとね」
「こちらこそ……涼太、いつもありがとう。今年はまだ言ってなかったよね……生まれてきてくれて、ありがとう」
発車させる前に、そっと唇を重ねた。
フロントガラスを叩く雨粒たちが、オレらを隠してくれてるみたいだった。
「一日ありがとね。いい子にしてた?」
「二人ともめちゃくちゃ良い子だったわ〜。可愛すぎて大好き。いつでも預かるからね」
みわが母と姉に手土産を渡している間に、子どもたちをチャイルドシートに乗せる。
あれが楽しかったこれが楽しかったと、なかなかの勢い。
名残惜しそうな二人に見送られ、後部座席の二人は実家が見えなくなるとウトウトし始めた。
相当楽しかったようだ。