第4章 海のいいつたえ
うろこ様と光のお父さんの言う言葉を、俯いたままのあかりさんが聞いているのを黙って眺めていた。
あまり深く聞かないように、その間に考えることは村の掟についてだった。
地上の人間と結ばれることがいけないことだと言うのなら、そもそも地上で生活することを許さなければいい。
そうすれば、地上の人間と出会うことも関わることもない。
地上で働いているあかりさんにとっては、鹿生で過ごす時間よりも地上で過ごす時間の方が長いのだから、そこでいい出会いがあったって仕方のないことじゃないのか。
それに、鹿生の中で結婚相手を探すのって、そもそも同世代の人間が少なすぎて難しいような気がする。
「おい、真依」
考え事をしていたから、うろこ様の呼びかけに反応するのに少し遅れる。
『はい、なんでしょう』
「ここはもうええから、早う夕餉の準備をしに行ってこい」
「それと酒もな」と言いながら、徳利をゆらゆらとこちらに向けて揺らすうろこ様。
こんな時でも彼は通常運転らしい。
『承知しました』
空の徳利を受け取り、光のお父さんに小さく頭を下げて裏の台所へ向けて歩き出した。
言われた通り夕食を作ってうろこ様の元へ運ぶと、あかりさんの姿も光のお父さんの姿も既にそこにはなかった。
『二人とも帰られたんですね』
「あぁ。それにしても長い話じゃった」
あからさまに疲れたとでも言うように、ごろりと横になるうろこ様の前にお膳を置く。
『掟を決めたのもうろこ様じゃないんですか?』
「いや、あれはのちのち人の子らがつくったもの。わしは何も言うておらん」
『……そうなんですね』
「まぁ、掟は掟じゃからの」
ゆらりと身体を半分起こし、箸に手を伸ばしたうろこ様は、そのままだし巻き玉子に箸をつけ口に運んだ。
『お膳、あとから片付けるので置いといてくださいね』
光とまなかが、社を覗いていたのは見えていた。
きっとまだ、どこかで話でもしているだろう。
巫女服のまま、玄関口の下足入れから革靴を取り出す。
「光たちなら中学の校舎じゃ」
後ろから聞こえたそれは、どこから見ているのかもわからないけれど、確信めいた言い方。
そして大体それはあっているから空恐ろしい。
『……行ってみます』
靴を履いて外に出た私は、袴を右手で掴み小走りで駆け出した。
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