第2章 約束の食卓
目の前ズラリに、糧、糧、糧、糧。
これでもかとばかりの糧の山。
「神よ、乳と蜜溢れる地はここにおわしました。アーメン」
十字を切って空を仰いだ太宰は、よく使い込まれた頑丈な手で頭を押さえ付けられた。
「何だ?俺の飯に文句でもあるのか?」
「いやいやいや、文句なんかないよ。誰がこんなに食べるのかなって思っただけだし。気にするなよ、こんな僕には慣れっこだろ、檀?」
「黙って食えよ。話がある」
丈高い体を窮屈そうに椅子に収めて我から箸をとって太宰を促すのは、太宰がこの道に足を踏み込んで以来の盟友、檀一雄だ。
「お前、またぞろ厄介事を巻き起こしてるな?」
中華粽を包み込む竹の皮を器用に箸で巻き取って、檀は顔をしかめる。
「僕が厄介事を起こすのは何時もの事だろ?何を今更。気にするなよ、檀」
プリプリした砂肝の炒め物を箸で突きながら、太宰はにっこり笑った。
湯気をたてる粽を太宰の皿に放り込みながら、檀がにやりと笑う。
「食えよ。先一昨日だったか、妙な毛唐の訪いを受けた。ケジラミだかフルボッコだかいう露助だ。知っているか?」
「さあ?ケジラミとは縁を切って久しいからなあ。恩返しにでも来たのかな?」
「お前が飼っていたのは露西亜のケジラミか。高尚な事だな、嘘つきめ」
丸い黒縁眼鏡を箸の尻で器用に押し上げた檀が、ニヤリと大きな口に笑みを浮かべる。
太宰はハハッと軽く笑いながら箸を置いて粽を手掴みし、ガブリと齧りついた。
こういう食べ方をすると、この旧友は喜ぶ。口に出して言いはしないが、太宰にはわかる。
実際檀はフンと鼻の穴を膨らませて、得意そうな顔を見せまいとソッポを向いてしまった。
「太宰、手前が危ねえメに遭うのは勝手だが、周りに迷惑をかけるんじゃないぞ」
また現地から調達して来たのだろう年季の入った大陸風の酒壺をドカンと食卓に持ち出して、壇は仕様もなさそうに太宰を諌めた。
「・・・また小汚いというか由緒正しげと言うか、何ソレ?君、本当にそういうの好きだねえ」
「バカ、これは女児紅だ。向こうの浙江省ってところじゃ、女の子が産まれると壺に酒を仕込んで土に埋めて寝かすんだ。その子が結婚するまでずっと寝かす。一人の女にたったひとつの貴重な酒だ。小汚ねえとは罰当たりな」