第2章 約束の食卓
「全くだよ」
太宰は苦笑いして盟友を見やった。
大陸の風に晒されて、また色黒くしぶとげになった容貌の内に相も変わらぬ繊細な優しみと男気が透いて見える。
少なくとも、太宰には透いて見える。
「またすぐ行くの?」
「ああ、明日には朝鮮へ渡る。帰って来たら旨い漬け物を食わせてやるよ。かの国は辛い漬け物が馬鹿げて旨い」
「また得体の知れないものを・・・」
「ふん?雪の頃には戻るつもりだ。うん。お前の好きなじゃっぱ汁もつくってやるよ。楽しみにしとけ」
「生きてたらね」
「俺の飯を食い損ねて死ぬ程バカじゃないだろ」
「ハハ。どうだか」
肩をすくめて太宰は立ち上がった。
「お暇するよ。明日にはまた鉄砲玉だと聞いちゃ、新婚宅に長居はとんだ野暮だし」
「何だ、変な気を使うなよ。泊まってけ」
「変な気じゃないだろ。普通だ。僕だってその程度の気は使えるぞ。律子さんに恨まれたかないしね」
「律子はそんな野暮じゃない」
「知ってるよ。野暮なのはお前だ、檀」
心無し寂しげに笑って太宰はまた肩をすくめた。
「女と病気に気を付けろよ、檀。僕も半年生きてみるから」
「そうしてくれ。カレーライスが死因じゃ喪主の律子がそれこそ不憫だ」
「・・・お前本当に野暮だねえ・・・」
「はは。ああ、それとな、今度訳の判らん客が訪うような事があるなら、出来れば事前に言っといてくれ。言葉が通じん事には殴るのもやりきれん」
「事前に言っといたらどうにかなるの?それ」
「挨拶くらいは出来るだろう?」
真顔の檀に太宰はキョトンとして、次いで腹を抱えて笑いだした。
「ハハハハハ、檀、君は変わらないね。檀のまんまだ」
「?それはそうだ。俺は俺のまんまだよ。いつだって。何処でだって」
太宰は目尻の涙を拭って息を吐いた。
「そうだな。君は君のまんまだ。・・・雪の頃、また会おう」
「今度は安吾や他の連中も一緒にな。生きてろよ、太宰」
丸眼鏡の奥の優しい目を見返して、太宰は穏やかに頷いた。
「うん。また会おう、檀」