第80章 想いを示すなら百の口説き文句より一の態度
一郎兵衛の芝居小屋へと到着し、銀時と葵咲の二人は客席へと案内される。勿論、一番前の特等席だ。席に座って開口一番、銀時は浮かんだ疑問を口にした。
銀時「俺達二人だけ?」
他に客はいない。来る気配もなさそうだ。その推察は間違っていなかったらしく、一郎兵衛は得意げな顔をし、人差し指で鼻をすする。
一郎「ああ。今日はお前ら恩人二人への感謝の気持ち、“特別招待プレミアム公演”だからな。」
一般客を入れると窮屈になってしまう。それに何より助けてもらった礼がしたくて呼んだのに、他の者達と一緒ではそれが十分になされなくなってしまう。という事で二人だけを特別招待したのだ。
だが一郎兵衛にとっての恩人は銀時と葵咲だけではないのでは…?その素朴な疑問を葵咲はそのまま口に出す。
葵咲「短英さんは?」
一郎「あいつは病院が忙しそうだからな。休診の時に呼んでやる約束してんだ。」
葵咲「そうなんだ。」
確かに松本クリニックは毎日大繁盛。診療時間は午前と夕方以降の為、昼間は空いてるはずだが、昼過ぎまで診療時間が押してしまう日が多々あるようだった。
一郎兵衛の配慮を聞いて、葵咲はなるほどと納得する。葵咲が頷いていると、舞台横の関係者専用扉が開き、中から役者らしき少年が現れた。年齢は新八と神楽の間くらいだろうか。とても綺麗な顔立ちをした少年である。
「いらっしゃいませ!」
葵咲「こんにちは・・・・あれ?貴方は確か、禿の…。」
その端正な顔立ちに見惚れて気付くのが遅れたが、知っている顔。菊之丞の禿を勤めていた少年だった。その事に気付いた葵咲に、元禿の少年は嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「僕の事、覚えてて下さったんですか?光栄です!」
でもどうしてここに?その疑問を葵咲が尋ねる前に一郎兵衛がその経緯を話す。
一郎「この顔立ちなら役者として芽が出そうだと思ってな。声掛けたんだ。それに、まだ何も知らねぇ無垢な生息子を華月楼に置いとくのは勿体ねぇだろ?」
葵咲「うん、確かにすぐにでも人気出そう!」
一郎兵衛の配慮に暖かいものを感じる。流石は兄貴肌の男。この禿以外にも何人か声掛けして役者として引き抜いてきたらしい。