第80章 想いを示すなら百の口説き文句より一の態度
慌てて布団から出た葵咲は、素早くいつもの私服に着替え、用意を済ませて歌舞伎町を歩いていた。ただ、その顔にいつもの笑顔はなく、浮かない表情をしている。
(葵咲:私は…あの頃から何か変われたのかな・・・・。)
頭に浮かべているのは今朝の夢。数年前の自分と今の自分とを比べる。正直、自分の成長を実感する事は出来なかった。
俯き加減に とぼとぼ歩いていると、突如、後ろから抱き締められた。
「葵~咲っ♡迎えに来たぜ♡」
葵咲「うわっ!し、獅童さん!?」
突然の抱擁に狼狽する葵咲。この日、葵咲は有休を取得していた。いよいよ獅童の芝居小屋がプレオープンするという事で、葵咲は特別招待を受けていたのだ。獅童は葵咲を待ちきれず、途中まで迎えに来たのだった。
獅童は葵咲をぎゅっときつく抱き締める。
獅童「葵咲の抱き心地、最っ高♡すっげー気持ち良い♡」
葵咲「ちょっと!やめて下さいってば!!」
ここは人通りの多い道の往来。道行く人々が葵咲達に目を向ける。何やってんだバカップルが。そんな目付きで睨む者もいた。その視線に耐え切れない葵咲は必死に獅童を振り解こうとするが、がっしりと抱きすくめられていて上手くほどけない。そんな葵咲を獅童は尚更愛おしく思う。そしてからかうような笑顔で後ろから葵咲の顔を覗き込んだ。
獅童「えー?ダメー??」
葵咲「駄目です!」
獅童「じゃあその呼び方と敬語やめてくれたら離してやる。」
葵咲「呼び方?」
ここまで必死に獅童をふりほどこうと力を入れていた葵咲だが、唐突な引き換え条件に力を抜く。獅童は軽く溜息をついてから、その条件について詳しく話した。
獅童「“獅童さん”はねーだろ。獅童は源氏名だろうが。本名で呼べよ。」
葵咲「あ、ごめんなさい。」
言われて自分の言動を反省する葵咲。つい今までのクセで呼び慣れた“獅童”の名で呼んでしまった。獅童が不満を漏らすのも無理はない。葵咲は改めて獅童の本名を口にする。
葵咲「じゃあこれからは斎藤さん、だね。」
獅童「それも却下。」
葵咲「え?」
間違えてはいないはず。確かに獅童の本名は“斎藤”と聞いた。葵咲がきょとんとしていると獅童は葵咲の耳元に口を近付け、甘い声で囁いた。