第79章 普段お母さんがしている仕事はお父さんには出来ない。
松本は夕方から往診の予定が入っていた為、診察後は屯所から立ち去る。近藤は仕事へ向かい、葵咲の看病は土方が行なう事になった。
葵咲「ハァ、ハァ…。」
土方「・・・・・。」
寝苦しそうに息を切らせている葵咲。こんな時に力になれない自分がもどかしい。氷を取り替えたり、汗を拭いてやる事ぐらいしか出来ない。
頬をつたう汗をそっと拭うと、葵咲は眉根を寄せて唸りを上げた。
葵咲「うっ…。」
土方「葵咲、大丈夫か?水でも飲むか?」
土方の声を聞いた葵咲は、うっすらと目を開ける。葵咲はゆっくりと土方の方へと視線を向けた。
葵咲「・・・・どうして・・・・?」
土方「?」
どうやら意識は朦朧としている様子で目は虚ろ。葵咲はぼーっとしていた。
葵咲「傍に…いて…くれたの?」
土方「ああ。ここにいる。」
葵咲「もうどこにも…行かないで。」
そう言って葵咲は布団の中から出した手を土方の方へと伸ばした。目の前に伸ばされた手を土方はぎゅっと両手で握る。
土方「心配するな。何処にも行かねぇから。」
葵咲「嬉しい…。ありがと…しん…」
まただ。また“しんちゃん”?葵咲の中に高杉との記憶が深く根付いている事は知っている。だが、今葵咲の傍にいるのは高杉じゃない。高熱にうなされ、悪い夢を見ているのなら仕方がないかもしれないが、やはり聞いてて気分の良いものではなかった。
土方は眉根を寄せ、葵咲の手を強く握りながら自分の存在を示そうとする。
土方「っ!ちげーよ。俺は…」
葵咲「…す、け。」
土方「!?」
名を呼んだと同時に、葵咲の手から力が抜ける。薬が効いてきた事もあり、葵咲は安心したように再び眠りに落ちた。
葵咲「…スゥ、スゥ。」
土方「・・・・・。」
土方は葵咲の手をそっと離し、静かに部屋から出た。