第77章 誰もに必要なのは、“帰る場所”。
葵咲「…!」
松本「葵咲さん。」
葵咲「短英…さん?」
一瞬誰か分からなかった。
華月楼にいた時の松本は華やかな着物に身を包んで着飾っていたが、今はその時の派手さは全く無い。まぁ当然と言えば当然なのだが。
この日、松本は薄いグレーと白のグラデーションの掛かった着物に草色の袴、濃紺の羽織を羽織っていた。
葵咲は目を疑った。まさかこの場に松本がいるなんて思いもしなかった。葵咲は目を大きく見開いて松本を見つめた。
そんな葵咲の反応は予想通りだったのか、松本は葵咲に視線を合わせてフッと微笑を零した。
松本「今日から真選組の専属医を勤めさせて頂く事になりました。」
葵咲「え?え?…えぇぇぇぇっ!?」
驚きのあまり『え』以外の言葉が出てこない。状況もよく分かっていない。
葵咲はその場に居た松本、近藤、土方へと順に視線を泳がせる。近藤と山崎はドッキリ成功、といった様子で満面の笑みを浮かべている。
葵咲の疑問には松本と土方が答える事になった。
松本「彼が取り計らってくれたんです。」
そう言って松本は隣にいた土方に視線を送り、会話をバトンタッチする。
土方「松本は当初償うつもりで出頭したにも関わらず、利用された。情状酌量の余地があったからな。裁判でそれを報告しただけだ。それに、折角医学の専門知識を持ってんだ。牢に閉じ込めちまうのは勿体ねぇだろ。」
近藤「その身柄を真選組で預かるという事を条件に、裁判で執行猶予がついたんだ。」
松本「と言っても、屯所に常駐するわけではないんですけどね。」
土方「まぁ俺達もいつも怪我してるわけじゃねぇからな。」
真選組は危険と隣り合わせの仕事とはいえ、土方の言うとおり、いつも怪我しているわけではない。屯所に常駐するのは勿体ないという事で、屯所の近くに診療所を設ける事になったのだ。何かあった際にはすぐに駆けつけられるように。
危険な任務の際には診療所は休診し、屯所で待機するという事もあるのだそう。また、隊士に体調不良者が出た場合は往診に来てもらったり、法医解剖医の手が回らない場合はそちらに応援で駆けつける事も条件の一つだそうだ。
診療所の仕事はあくまで真選組の仕事の片手間。最優先するべくは隊士達の体調管理というわけだ。
それに関して近藤は申し訳なさそうな顔で松本に視線を送った。