第77章 誰もに必要なのは、“帰る場所”。
葵咲「短英さんの優しさを見抜いていた人も沢山いるって事ですよ。さっきの発言は、そんな人達に対して失礼じゃないですか?」
松本「…すみません。有難う…ございます。」
松本の謝罪と感謝の言葉を聞いた花魁達は鼻を擦ったり、頬を掻いたり。少し照れくさそうにしながらも喜びに満ちた表情をしていた。
その場の会話が少し落ち着いた頃合で、土方が松本へと声を掛ける。
土方「そろそろ良いか?」
松本「はい。」
そうだ、松本は被疑者の一人。本人にその意思が無く、利用されたのだとしても罪を犯した事に変わりは無い。重要参考人として連行しなければならないのだ。
松本は土方に促され、葵咲達に背を向けて歩き出した。そんな彼の背中に葵咲が呼び掛ける。
葵咲「あの…!」
声を掛けられ、松本は足を止めて振り返る。
松本「…葵咲さん、本当に有難うございました。私の事も、この楔から…籠の中から解き放ってくれて。」
葵咲「っ!」
松本「やっと本当の自分に戻る事が出来ます。」
葵咲「・・・・っ。」
とても暖かい表情を浮かべる松本。それは決して強がりや嫌味等ではない。心から葵咲に感謝している。確かに“華月楼”という楔からは解き放った。
だがそれと引き換えに今度は本当の檻の中に閉じ込めてしまう事になる。葵咲は何と言葉を返して良いのか分からず、下唇を噛んで複雑な表情を浮かべる。悔しい気持ちがきゅっと拳を握らせた。
葵咲が言葉を詰まらせていると、その背後から声が上がった。
獅童「…戻って来いよ。」
松本「!」
獅童「俺はお前が戻ってくるのを待ってるからな。」
松本「獅童…。」
真っ直ぐに向けられる瞳に社交辞令の文字は無い。獅童は熱い魂を松本へとぶつけたのだ。そして腕を組みながら顎を挙げ、ドヤ顔で言葉を続ける。
獅童「お前が戻ってくる頃には、一流の芝居小屋が出来上がってるはずだ。行く宛てがねぇっつーなら、うちで雇ってやっても良いぜ。」
根拠の無い自信満々の発言をおかしく思った松本は、思わずプッと吹き出す。