第77章 誰もに必要なのは、“帰る場所”。
だが松本は決してからかったわけではない。心からの微笑みで獅童を見据えた。
松本「いえ。羨ましいなと思って。」
獅童「は?」
ここでそんな台詞が出てくるとは思っていなかった。
驚いた獅童は目を瞬かせる。松本はなおも真面目に、微笑を浮かべたまま続ける。
松本「皆に慕われる貴方を羨ましく思っただけです。」
獅童「何言ってんだよ。お前の方が取り巻き多いだろうが。」
確かに獅童は皆の面倒を見ており、華月楼の兄貴分として慕われてはいたが、子分を付き従えていたわけではない。
対する松本はいつも取り巻きがいた。傍から見れば松本の方が慕われているように見えるのだ。
だが松本は静かに目を閉じ、首を横に振った。
松本「私の周りにいたのは松島の息の掛かった監視役や医学の知識を欲する者だけ…。貴方のように何もなくても傍にいてくれる者はいませんでしたから。」
獅童「今さり気なくディスったよな?」
“何もない”とはどういう意味だ。何の取り得も無い、という嫌味に聞こえる。やっぱり松本は松本か。
結局のところ馬鹿にされているだけなのかと内心苛立つ獅童だったが、そんなつもりで言ったのではないらしい。松本は少し慌てた様子で言葉を訂正した。
松本「ああ、すみません。言い方が悪かったですね。貴方は私と私の周りにいた人達との関係のように上辺で取り繕っているのではないという事です。貴方の周りにいる方々は、本心から貴方の内面に惹かれて傍にいる、魂が繋がっている、そう感じました。」
獅童「!」
この時が初めてかもしれない。菊之丞、いや、松本からそんな真っ直ぐな言葉を受け取ったのは。
まぁそれも無理の無い話。獅童は松本を憎しみの相手として見ていた為に心を開いてはいなかった。一方の松本も周りの無関係な人間を巻き込むまいと自ら壁を作っていた。お互いが相容れるはずなどなかったのだ。
だが此度の事件が解決へと向かい、壁を作る必要のなくなった松本は素直な意見を零したのである。