第74章 夢は起きた瞬間に忘れてしまう事が多い。
ここはもう誤魔化して逃げ切るしかない。そう思い、葵咲は話を摩り替えた。土方は真顔で言葉を返す。
土方「一日くらいまぁ大丈夫だろ。お前さ、駅前のクレープ屋気になってるって言ってたよな?」
葵咲「え?うん。覚えててくれたんだ?」
土方「当たり前ぇだろ。」
クレープ屋の話をしたのは大分前。しかもこれは普段の会話で何気なく話した事だった為、それをしっかりと覚えていてくれた事に、葵咲はとても嬉しく思った。
土方「帰り、寄ってみねぇ?」
葵咲「いいの?甘い物好きじゃないでしょ?」
自分に合わせてくれる事は非常に嬉しい。だが好きでもない物を共有させる事には抵抗があった。折角の初デート、どうせならお互いが好きな物で楽しめる時間を共有したい。嫌な物に付き合わせれば悪い想い出になってしまう可能性だってある。
そんな葵咲の考えなど土方には伝わっておらず、土方は素の表情で平然と答えた。
土方「俺も気になるメニューがあるしな。」
土方の気になるメニュー、すなわち好きな食べ物。そうだ、クレープは甘い物だけではない。
その事に気付き、葵咲は目を細めた。
葵咲「…あー。サラダ系のマヨスペシャルね。」
土方「・・・・・。」
人の気持ちとは複雑なもの。最初は自分に合わせてくれる事を申し訳なく思いつつも喜んだのだが、それは糠喜び。その実は違っていた。結局は自分の好みを持ち出されたという事を知り、葵咲は少しガッカリしてしまうのだった。