第74章 夢は起きた瞬間に忘れてしまう事が多い。
二人は特に会話も交わさず静かに歩く。土方の数歩後ろを歩く葵咲は、その背に話し掛けようと思ったのだが土方が苛立っているのが分かり、口を噤んでしまう。
土方の背を見つめながら、理由を考えるが分からない。
結局二人は何も言葉を交わさぬまま屋上へと辿り着いた。
屋上の端まで歩き、土方はくるりと振り返る。転落防止用のフェンスへと背を預け、腕組みしながら土方はようやく重い口を開いた。
土方「お前が授業中に居眠りなんか珍しいんじゃね?」
葵咲「え?そうかな?…そうだっけ?」
“珍しい”と言われても、普段の自分の様子が記憶に無い。葵咲は顎に手を当てながら空を仰いで考えてみるが、やはりしっくりとはこなかった。だが土方が問い質したいのは居眠りの件ではないらしい。葵咲の曖昧な返答については何もツッコまずに話を続ける。
土方「何の夢見てたんだよ?」
葵咲「え?どんな夢…だったかな。思い出せないんだよね。重要な夢…?だったような・・・・。」
突然振られる唐突な質問に、きょとんとしてしまう。そんな質問が投げられるとは思ってもみなかった為、咄嗟には答えられなかった。
いや、唐突な質問じゃなくても答える事は出来なかっただろう。なんせ“夢の内容”は葵咲の頭から薄れてしまっている。
葵咲が必死に記憶を手繰り寄せようとしている間に土方は質問を重ねた。
土方「…アイツが出てきたのかよ?」
葵咲「アイツ?」
土方「名前叫んでただろ。」
葵咲「ああ、銀ちゃん?」
目覚める直前の事だった為、それは辛うじて覚えていた。反射的に言葉を返す葵咲に、土方は眉根を寄せた。
土方「・・・・・。」
葵咲「でも内容全然思い出せなくて。思い出さなきゃいけない気がするんだけど…。」
名前を呼んだ事は覚えているが、それが夢に出てきたからなのか、そうでないのか分からない。
土方からの質問にきちんと答えようとするが故に目を瞑って必死に考え込む葵咲だったが、土方はそれを求めてはいなかった。
土方「思い出さなくて良い。」
葵咲「へ?」