第73章 記憶を消しても罪は消えない。
衝撃の事実に重い沈黙が降りる。
この期に及んでの松島の苦し紛れの道連れ作戦か何かだろうか、そう思った葵咲はその真意を問うように菊之丞の顔を見つめる。菊之丞は特に反論もせずに、苦い表情を浮かべて斜め下を見ていた。その様子は肯定の意と捉えられる。
葵咲は胸元で拳をきゅっと握った。何も言わない菊之丞を前に、松島は更に追い討ちを掛けるように言った。
松島「その若さで末恐ろしい男だよ。ガキの頃から禁書に手を出し、果ては人格を壊す薬の製薬にまで手を出しておったんだからな。」
ここで初めて菊之丞は顔を上げて反論を述べる。
菊之丞「…人を壊すつもりで薬を作っていたわけではありません。最初は本当に人の為になると思っていた。誰にだって嫌な記憶の一つや二つ、ありますから。そんな記憶だけ、消したい記憶だけを消す事が出来れば…もっと前を向いて歩いていける人が増えるのではないかと…。自ら命を絶つ人も減るのではないかと。そう思い、薬を発案したんです。ですが、その薬には大きな副作用もあり、危険である事が分かった。だから…私はリフレイン…いえ、忘却薬の製薬からは手を引いたんです。」
菊之丞はその心の内にある想いを語る。松島の言葉で葵咲達に誤解を与えたくないと思った。
だがそんな菊之丞の想いを踏みにじるように、松島は言葉を吐き捨てる。
松島「フン、どうせその薬で自分の罪も消すつもりでいたんだろう?」
菊之丞「確かに…その考えが一度も過ぎらなかったと言えば嘘になります。罪の意識が浮上する度に何度闇に取り込まれそうになった事か…。ですが、記憶を消したところで罪が消えるわけではない。だから私は罪を償うつもりでいました。」