第72章 誰もが心にラフテルを描いている。
菊之丞「私も一緒に行かせて下さい!」
葵咲「!」
思わぬ人物からの呼び掛けに、葵咲は目を瞬かせながら振り返る。菊之丞は真剣な眼差しで葵咲をじっと見据えていた。
だが葵咲は首を横に振ってその申し出を断ろうとする。
葵咲「危険です、菊之丞さんはここで…。」
菊之丞「この混乱の中、その方の姿が見えないという事は何処かで負傷している可能性が高い。私なら応急処置が出来ます。」
葵咲「!」
確かに菊之丞の言う事は一理ある。いや、葵咲もそれが心配で探しに行こうとしているのだ。菊之丞が一緒に来てくれる方が確かに安心である。
考えた末、葵咲は首を縦に振ろうとするが、それよりも先に近藤が口を開いた。
近藤「処置が出来るって、アンタ一体…」
葵咲は菊之丞が元医者である事を知っているが、近藤達はそれを知らない。二人の会話に疑問を抱いた近藤は、その疑問をストレートにぶつけた。
だが葵咲や菊之丞がその質問に答えるよりも先に、松島が口を挟んだ。
松島「応急処置なんて出来て当然。こいつは元医者だ。開国前、幕府の禁じていた蘭学のな。」
菊之丞「…っ。」
悪意が込められて放たれた言葉に、菊之丞は顔を歪ませる。だがそんな悪意に気付いていない葵咲はきょとんとした顔で言葉を漏らした。
葵咲「幕府の禁じていた蘭学?」