第71章 他人の願いを優先するのは難しい。
二人は縄で縛られ、部屋の隅に座らされる。菊之丞は松島達には気付かれないようにと小声で葵咲へと話し掛けた。その顔は少し呆れた表情だ。
菊之丞「何故戻ってきたのですか。」
葵咲は菊之丞の質問には答えず、後ろ手に縛られた縄を見ながらゴソゴソしている。その様子に菊之丞は片眉を上げて質問を重ねた。
菊之丞「…?何を…」
葵咲「しっ、彼らに気付かれてしまいます。…心配しないで下さい。私は貴方を助けに来たんです。」
菊之丞「! 貴女は一体…」
葵咲「菊之丞さん、耳を貸して下さい。」
そう言って葵咲は先程よりも更に声量を落として菊之丞の耳元へと唇を寄せる。菊之丞は静かに耳をそばだてた。
松島「何をコソコソしておる。」
二人が小声で話している事に気付いた松島は眉間に皺を寄せる。葵咲は菊之丞に向けていた視線を松島へと移した。
葵咲「どうしてこんな事するんですか?」
松島「非常に残念な話だが、我が遊郭のナンバーワンを誇る菊之丞が客と違法薬物の取引をしている事が発覚した。」
葵咲「! なんですって…?」
何ともわざとらしい松島の台詞。薄ら笑いを浮かべながら語られる言葉は、まるで台本を読み上げているようだ。そんな彼のシナリオの台詞は続く。ひとまず葵咲もそれに合わせる事にした。
松島「お嬢さん、しらばっくれてもらっては困りますよ。」
葵咲「?」
松島「貴女は菊之丞からその薬物を購入していますね?」
葵咲「!? 私はそんなもの知りません!」