第71章 他人の願いを優先するのは難しい。
場面は菊之丞の後を追っている葵咲へ戻る。
松島達は菊之丞を連れて華月楼のどんどん奥へと進んで行く。そして最も奥にある一室内へ。入った部屋は客室ではなく、倉庫か何かのようだ。花魁達は近付かなさそうな場所。松島達が中にいる今の状態で突入しても、菊之丞を人質に取られて身動きが取れなくなってしまうだけだ。
葵咲が眉根を寄せて下唇を噛んでいると、葵咲の携帯電話がブルルっと震えた。葵咲は懐から携帯を出して届いたメールを確認する。
葵咲「!」
それから少しの間様子を見るも、人が出てくる様子は一向にない。このままここで待っていても事態が好転する事はないだろう。それどころか、これ以上は菊之丞の身が危険だ。葵咲はやむを得ず部屋へと突入する事にした。
葵咲「菊之丞さん!!」
菊之丞「葵咲さん!?何故…!来てはいけません!!」
聞き覚えのある声に思わず反応して部屋の入口へと目を向ける菊之丞。菊之丞は部屋の隅に縛られた状態で捕捉されていた。その傍らには山積みの段ボール箱がある。恐らく売買されている違法薬物だろう。
菊之丞はこれ以上葵咲を巻き込むまいと注意を促すもその甲斐なく、葵咲の姿を視認した松島は、周りにいた取り巻きの侍達に指示を出した。
松島「飛んで火に入る夏の虫とはまさしくこの事だな。捕らえろ!」
葵咲「!」
葵咲は先程銀時から受け取った刀は持たず、敢えて丸腰で乗り込んで来ていた。外からは部屋の中が見えなかった為、菊之丞の様子も分からなかった。刀を持って突入すれば構えられてしまい、菊之丞に危険が及ぶ可能性があったからだ。
その選択は正しかったと言えるだろう。縄で縛られている菊之丞は人質も同然。葵咲は大人しく捕まる道を選び、様子を窺う事にした。
そんな葵咲の考えなど知らない菊之丞は、松島へと必死に呼び掛ける。
菊之丞「松島様!彼女は関係ないでしょう!!」
松島「こちらのお嬢さんにも大事な役割があるのだよ。」
菊之丞「どういう事です?」
松島「まぁそれは後のお楽しみだ。ククク。」
当然の事ながら、松島が菊之丞の呼び掛けに答える事はない。菊之丞同様、葵咲も拘束した。