第71章 他人の願いを優先するのは難しい。
囁くように放たれた言葉だが、それは葵咲の耳にしっかり届いていた。葵咲は右手の傷を獅童に見せるように左手で指差しながら応える。
葵咲「これは刀を使う者特有の傷です。刀を鞘に納める時、新参者はこの親指と人差し指の間を切っちゃうんですよ。私は元々左利きだったので右手に残ってますが。」
葵咲の右手の傷をじっと見つめる獅童。それを見る獅童の目は優しい瞳をしていた。
獅童「アンタのは古傷だな。」
葵咲「ええ。昔の稽古跡です。でも…消える事はない…。」
銀時「・・・・・。」
寂しそうに語る葵咲の表情を見た銀時は、何か想いを馳せるように目を細める。銀時には葵咲のその表情の理由が分かっているようだ。銀時は言葉を掛けられずにじっと葵咲の横顔を見つめる。葵咲は再びいつもの笑顔に戻し、銀時の方へと視線を向けた。
葵咲「銀ちゃん、この人をお願い。私を庇って負傷したの。彼を何処か安全な場所へ連れて逃げて。」
銀時「お前は何処行くつもりだよ。」
葵咲「私はまだする事があるから。」
そう言って葵咲は二人に背を向ける。だが、ふと何かを思い出したように首だけ振り返り、獅童へと視線を向けた。
葵咲「あ、獅童さん。」
獅童「?」
呼び掛けられて視線を上げる獅童。怪訝な顔で葵咲を見つめていると、葵咲は頼もしい笑顔で言った。
葵咲「ランプの魔人、ジーニーの“最後の願い”、私が叶えますから。」
獅童「!」
それはいつぞや、獅童が葵咲に言おうとした台詞。その時は話の途中で菊之丞が割って入った事もあり、葵咲に言葉の最期まで届いていなかったのだが、その願いはしっかり届いていたのだ。
葵咲「私の二つの願いは叶えてもらってないですけどね。だからこれ、出血大サービスですよ。」
獅童「…っ!」