第70章 隠し通路があるのは隠したい何かがあるから。
葵咲「貴方はまだ大丈夫、取り戻せる時間のうちにあります。だから、見失わないで下さい。」
獅童「っ。」
きゅっと下唇を噛む獅童。気の利いた言葉が見つからない。いつもは泉のように溢れてくる、女性を喜ばせる言葉。
いや、頭の中には浮かんでいる。『その傷俺が癒してやる。』、『これから大事なモン失わなきゃ良い、俺がその大事なモンになってやる』等々。
だが頭の中で発言してみればみる程、嘘臭く聞こえた。そんな薄っぺらい言葉を返したくないと思った。
獅童が口を噤んでいると、葵咲はフッと笑みを零し、獅童に背を向けて言った。
葵咲「獅童さんはこのままここから逃げて下さい。獅童さんなら誰にも見つからず華月楼を出るくらい容易いでしょう。」
獅童「ちょ、待てよ!俺だけでここを出られねぇよ!」
葵咲の背に呼び掛ける獅童。その言葉を聞いて葵咲は振り返った。
葵咲「もしかして迷いました?出口はこの道を真っ直ぐですよ。」
獅童「それは分かっとるわ!少なくともオメーよりは詳しいよ!」
葵咲「あっ、一人では行けないんでちゅかー?しょうがないでちゅねー。」
獅童「テメー馬鹿にすんのもいい加減にしろよォォォ!!」
めちゃくちゃ見下されてる事に獅童は大激怒。葵咲は眉尻を下げてため息混じりに言った。
葵咲「じゃあ何なんです?もしかして首輪とかされてるんです?逃げ出したら爆発する、的な。」
獅童「天竜人の奴隷でもねーよ!!菊之丞は知らねーけど。」
葵咲「仮に菊之丞さんはされてるとしてもサンジポジションですよね。獅童さんは奴隷ポジションっぽいけど。」
獅童「さっきから喧嘩売ってんのかコラァァァ!!」
片や一国の王子に対し、自分は奴隷と言われる。その事に憤怒する獅童。だがここで話が逸れている事に気付き、葵咲へと再び真剣な眼差しを向ける。
獅童「そうじゃねぇ!アンタ一人行かせるわけにゃいかねぇって事だよ!」
葵咲「あはは。大丈夫、こう見えて私結構強いんですよ~。」
獅童「いや、物凄く説得力に欠ける言い方なんだけど!?」
笑顔でガッツポーズを見せる葵咲。だがその腕には力拳も出来ておらず、てんで弱そうだった。