第70章 隠し通路があるのは隠したい何かがあるから。
少しの沈黙が降りる。
葵咲も冷静になり、下を向いて手を上げてしまった事を詫びた。
葵咲「すみません。感情的になってしまって…。」
この謝罪も確かに獅童へ届いているようだが、返事は無い。怒らせてしまっただろうか。獅童の表情を確かめようと、床に落としていた視線を恐る恐る上げようとする。
だがそれより先に獅童が口を開いた。
獅童「…アンタも、そういう経験あったのか?」
葵咲「え?」
唐突な質問に、葵咲はパッと顔を上げる。どうやら先程の平手打ちで獅童は目を覚ましたようだ。獅童は普段どおりの様子に戻り、しっかりと葵咲を見据えていた。
獅童「今の台詞、自分(アンタ)自身に言い聞かせてるようにも聞こえた。」
真剣なその質問を葵咲はきちんと受け止める。そして少し寂しそうな顔を浮かべながら、その質問に答えた。
葵咲「ええ。ただ、私の場合は…どちらも信じたい人でした。」
獅童「!」
葵咲「…どちらも失いたくなかった。だから最期まで選べなかった。そして、最期の最期で…選択肢を間違えたんです。」
苦渋の表情を浮かべながら語られる過去。獅童もつられて哀しげな顔になる。
葵咲「本当に大切だったモノはいくつも無くしています。“大事なモノ(ソレ)”が手の内にある時は気付けなかった。最初はただ…たった一つで良かったはずなのに。願いは一つだけだったはずなのに。欲はだんだん膨らんで、目の前にあるもの全て拾おうとして…それを拾っているうちに、本当に大切なモノを…零してしまったんです。」
語るうちに過去を思い出してしまい、自然と顔は俯き加減になる。獅童は口を挟む事無く、静かに耳を傾けていた。一呼吸置いて、葵咲は話を続ける。
葵咲「皮肉なものですよね。いっぱい拾い集めてきたつもりが、手の中に残っていたのはどうでも良いものだったんです。いらないモノを抱えている事に気付いた時には…もう遅かった。」
獅童「・・・・・。」
話したい事全てを話し終えた葵咲は、ゆっくりと顔を上げる。そしていつもの笑顔を獅童へと向けた。